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「今年の勇者が発表されなかったせいで、また最近話題になったんです。ついに彼が勇者になったんだ、って」
…………貴方の存在がバレているわよ、ヴィナス。
私は心の中でそう呟き、「へぇ」と相槌を打つ。次の瞬間、ノックもせずに勢いよく部屋の扉が開いた。
「エルッ!」
ものすごい形相をしたレグネルが部屋に入ってきた。私とリーシャは驚きと共に固まり、じっとレグネルの方を見た。
「……リーシャ・グラファン」
レグネルはリーシャの方へと視線を移し、彼の名をフルネームで呼んだ。
…………あ、そっか。突然の訪問だったから、レグネルはリーシャがうちの屋敷にいることを知らない。
リーシャはその場で丁寧にレグネルに頭を下げた。
何だろう、この謎に気まずい雰囲気。
「何かあったのですか?」
レグネルにそう聞くと、彼はハッと私の方を見た。
「街に魔物が出たそうだ! 民衆は怯えて、家の中に籠り……ってエル? 何してるんだ?」
私はレグネルの言葉を聞いた瞬間、その場に立ち上がり部屋を出ようとした。
勝手に体が動いていた。魔物を退治にしに行かなければならないという感情が真っ先にこみ上げてきた。
まさか街にまで魔物が出るなんて……。この事態をすぐに処置できなければ、どんどん悪化する。これはまだ始まりに過ぎない。
「行かないと」
「行くってどこに?」
レグネルの表情が険しくなる。
「街に」
「避難指示が出ている。俺たちも家から出てはいけない。もう騎士団が派遣されているはずだ。大人しておけ」
いつもより言葉がきつい。
今までレグネルから感じたことのない強い圧を感じた。普段のおおらかさが一切ない。彼の青い瞳には怒りが表れている。
それでも、私はレグネルの反対を押し切り、彼を睨みながら声を発した。
「私はこの日のために鍛えているの。どれだけ訓練を積んでも、こんな時に家で身を潜めていたら意味がないじゃない」
今の私は前までの魔物を目の前に動けなかった私じゃない。
「なぜわざわざ己の身を危険な場所に行く必要があるんだ。エルが行かなくたって、魔物は退治される」
「『彼』が行くからですか?」
私は落ち着いた声でそう言った。一拍の沈黙が場を支配する。
彼とはヴィナスのことだ。今、リーシャがここにいるから名は出さない。リーシャは何も聞いてこない。そこが彼女の賢いところだと思った。
レグネルは私から目を逸らし「ああ」と頷く。




