101 エルヴィ・ケーレス 十六歳
「エルヴィ様」
私を見るなり、リーシャの目元がふっと柔らかくなるのが分かった。
リーシャが突然私に会いに来た。
部屋で本を読んでいると、ローズが「お嬢様にお客様です」と驚いた様子で私を呼びに来た。女の子の友達など家に来たことがないから、ローズは困惑した様子で応接間に向かう私を見ていた。
「リーシャ」
私も彼女につられて笑みを浮かべる。
私が勇者を目指さなかったら、昔からこんな感じで女友達と会っていたのかもしれない。……いや、そんな世界戦はないか。
リーシャの前に私は腰を下ろし、「どうしたの?」と聞く。
うちの家に招待した日は今日じゃない。リーシャが来るのはまた別の日の予定だったはず。
彼女は今日も変わらず口元に布を覆っている。落ち着いた赤紫のドレスが良く似合っていた。ドレスの色に合わせて口元を覆っている布も赤紫だ。
藍色の髪は今日はハーフアップにされて、前とは少し印象が違う。
「お元気でしたか?」
「……ええ、元気よ?」
私はどうして元気かを聞かれているのかが分からずに、首を傾げて答えた。
「それなら良かったです」
「何かあったの?」
「変な噂を耳にしまして、少し心配で……」
リーシャは少し眉をひそめて、そう言った。
「変な噂?」
私は更に首を傾げる。
……傾けすぎた。首が痛い。
私はリーシャの話を聞くために、顔を元の位置に戻す。
私に関しての変な噂はいつだって流れているはずだ。わざわざ、リーシャがうちに来るぐらいだ。よっぽどな噂なのだろう。
「エルヴィ様がヴィナス殿下に愛想をつかされたという噂です。このままだと婚約がなくなってしまうのではないか、なんて言われておりまして。……私は全くそんな噂を信じていないのですが、エルヴィ様、最近屋敷にこもりっきりで、訓練場にも顔を見せなくなったとも聞いて」
てっきり、私がヴィナスと婚約解消になった話かと思った。
…………そっか、まだ知らないのか。
……じゃあ、言わない方がいいよね? 私がヴィナスに婚約破棄されたこと。
世間が知らないということは口にしない方がいいのかも。どうせいつか知ることになるのだから、今じゃなくていい。
「それで、気を病んだと思って会いに来てくれたの?」
「……はい」
リーシャは小さく頷いた。私は思わず顔を綻ばせてしまう。
「優しいのね、リーシャ」
一呼吸置いて、私は言葉を続けた。
「じゃあ、噂を信じている人たちは今のこの状況を狙って、ヴィナス殿下を狙っている令嬢は大胆な行動にでるかもしれないわけか~」
「え、本当なのですか?」
リーシャは目を丸くする。
「嘘か本当かはリーシャが判断して。私からはなにも言えないわ」
私の言葉にリーシャは戸惑いながらも「分かりました」と口にした。
ヴィナスが公に発表するまでは私は黙っておこう。
「ヴィナス殿下を狙っているご令嬢たちは馬鹿を見るだけですので、傍から見物しておきましょう」
「馬鹿を見るって?」
私が不思議そうにそう聞くと、リーシャはどこか楽しそうに言葉を発した。
「だって、誰もエルヴィ様に敵うわけがないので」




