10 エルヴィ・ケーレス 十六歳
ヴィナス~~~! あなたが勇者になったらダメでしょ!
王族が勇者で死んだとなれば、大問題なのよ!
私は朝からそんなことを思いながら、全力疾走で屋敷を出る。
たまたま侍女たちの会話を小耳に挟んだ。
「ねぇ、聞いた? 勇者様が駆り出されたらりいわよ」
「ああ、またあの森に魔物が出たのよね」
「そうそう、暗黒の森に! 魔物退治に駆り出されたらしいわよ」
「今回の勇者様はいつまでもつのかしら……」
「ちょっと、そんな言い方!!」
「というか、今回の勇者って名前明かされていないわよね?」
「そう言えば、そうじゃない! いつもならすぐに発表されて、お祝いもあるのに……。何か事情があるのかしら」
「勇者試験は王家が運営していることだから、あまり余計なところに頭突っ込まない方がいいわよね」
「そうねぇ」
このような会話をたまたま聞いてしまった。
その瞬間、気付けば体が動いていた。私は暗黒の森へと馬を走らせる。
魔王を退治したい! というよりも、王子がその場に行ったということの方が気がかりだった。
……いくら強いといえども。
私は彼の無事を願いながら、「もう少し早く走って、バロン」と逞しい早馬の名を呼ぶ。
賢く気高い茶色い毛の私の馬。彼はヒヒンと短く返事をして、更にスピードを上げた。
一度しか会ったことのない王子のことをこれほどまでに心配している自分に少し不思議な感覚を覚えながら、森へと入った。
暗黒の森と安直な名を名付けてしまうぐらいに、この森は暗く恐ろしい場所だ。
魔物が最も出現する場所がこの森だ。この場所へと足を踏み入れた瞬間から、鳥肌が立ちっぱなしだ。恐ろしいほど気味が悪い。
若干寒いし……。そう言えば、ドレスのまま外を飛び出してしまったわ。せめて稽古着に着替えてこれば良かった。これじゃあ、まともに動けない。
……まぁ、そんな余裕なかったんだけど。
ザザザザッと突然何かが動く音がする。私は「何!」と思わず音のする方へと視線を向ける。
…………何もない。人の気配すらない。
「え、これ、ちょっと怖すぎない?」
勢いできたものの、今自分が置かれている身に急に不安になりはじめた。
朝だというのに、森の中は随分と暗い。ずっと不穏な空気が漂っている。
こんな不気味な場所、体験したことがない。
私は勇者になりたいと思うばかり、本当の現場というものを知らなかった。
こんなところでビビっているようじゃ、まだまだね。
バロンは少しも怯えることなく、どんどん森の中へと進んでいく。かつて戦場に駆り出されていた馬の度胸はやはり違う。
私は自分の経験不足に情けなくなった。
……貴族の令嬢としてはこんな経験をしたことがないことなんて当たり前だけど、それでも勇者を目指していたのなら、もっと体感的に戦場というものがどういうものかを知っておくべきだった。




