2ー1:
針葉樹が生い繁る森。そこを切り開いたウルディ新街道を荷馬車が軽快に駆けていく。
「いやぁ、最近物騒でね。カンデラまで護衛をしてもらえるなんてありがたいよ」
御者台に乗った商人の男性が、私とアデルに向かって背中越しに語りかけた。
私達は今、行商の荷車に相乗りさせてもらっている。彼の目的地であるカンデラという商業都市まで連れて行ってもらい、そこからまた王都行きの馬車を手配する予定だ。
交通手段は賃金は発生するのだが、今回は護衛をすることを条件にタダ乗りさせてもらっている。
「お互い様だ。俺たちも助かったよ」
「もうすぐ昼だ。もう少し進んだら休憩を取ろう」
日の出と共に村を出てから、走り通しだ。おそらく道のりの半分まで来ている。日が沈む前には商人の目的地に到着しているだろう。
自分のゲーム設計を実時間に置き換えれば、そんなものだろうと予想がつく。
頭上に陽光が降り注ぐが、街道の両側には高い樹木が密集している。森の中は樹木の葉が空を覆い、昼でも太陽の光が届かず薄暗い。
ふと森の奥に目をやれば、昨日の黒い影が脳裏をよぎり、身震いした。
「街についたら、宿を取って……次の日に王都行きの交通手段を探そう。あそこには王宮騎士団の駐屯地がある。領主様の許可証を見せれば、騎士団の人間が馬でも手配してくれるんじゃないか? カンデラから王都までは半日もかからないし。……っておい、リリ聞いているか?」
苛立つアデルの声に、慌てて森から視線を逸らす。
「えっ……ああ、うん」
「おい、今大事な話しているんだから聞いとけよ」
「……ごめん。ちょっと考え事してて」
そう呟くと、アデルが心配そうに覗き込んできた。
「……顔色悪いな大丈夫か?」
「近いって」
急接近してきたアデルの顔を手で押し返した。
「お、青かった顔色が戻ったな。大丈夫そうだな」
アデルが顔を近づけてきたので照れただけだ。いつまで私はドキドキしているだろう。
「また今日の宿でも……」
──アデルに抱き締められるのか!?
思わず飛び出した心の声。言葉すべてが溢れ落ちてしまう前に口を噤む。
それをアデルが聞き流すはずもなく、自信満々に腕を組んだ。
「ああ、もちろんだ。魔力回復は俺の役目だからな。……今日は何がお好みだ? 正面から抱き締めてやろうか?」
恥じる様子もなく、堂々と語るアデルに腰を抜かした。
「……はぁ!?」
正面からなんて、まるで恋人同士の……。
っていうか、そりゃそうか。オリキャラ(オリジナルキャラクター)と私がラブラブするために創ったゲームなんだから。
そう納得しても、なんだか腑に落ちない。
夢が現実となって、目の前に繰り広げられれば、受け入れられずに戸惑うばかりだ。
「アデル、……他にも魔力を回復させる方法はないの?」
「ねぇな」
ダメもとで聞くと、即答で否定が返ってきた。
「……うそでしょ」
げっそりしていると、アデルが私の肩を叩いて、さも当然と言う顔をした。
「腹減ったらメシを食う。疲れたら眠る。それと同じくらい当たり前のことだな」
「ア、アデル……ちょっと」
距離を詰められるだけで敏感に反応してしまう。次は何をされるのだろうかとドキドキする。
アデルはネイビーブルーの瞳を細めてニヤリと笑う。
「ドキドキした?」
「……はぁ!?」
「図星か」
絡み合った視線を外し、顔を伏せてしまったので、バレバレだ。心中を言い当てられてしまった。
「……なんで、そんなことわかるの?」
「そりゃ、俺はお前の幼馴染で、お前のことよく知ってるし……。パートナーなら気分を良くするツボを押さえておかないとな」
顎をクイッと持ち上げられ、艶めかしく光るネイビーブルーの瞳と目が合えば、最高潮に胸が高鳴り息苦しくなる。
まるでベッドの中で囁かれるような甘い言葉に力が抜け、頭の中がとろけた。
翻弄されまくりの私に向かって、彼はいつものように三白眼の目尻を下げて微笑んだ。
「そうそう、それでいい。魔女が言ってただろ? 全ての原動力は欲にあるって。その欲を満たすことで、魔術を起こす力になるんだと」
欲望を満たすことで、魔力、いわゆるマジックポイントなるものが回復する。
この世界の常識であり、私が考えた設定だ。
欲と言っても色々あるが、この場合は……愛されたい欲だろうか。
なるほど、これがゲームシステム、ラブゲージの仕組みかと、自分の業の深さに感嘆する。
具現化されたこの都合の良い世界は、乙女系コンテンツをひたすらに消費した女の頭の中なのだ。
でも、夢で描いた世界が現実になるのはまだ受け入れられない。
うまく説明できないが、モヤモヤするのである。
魔力回復の仕組みよりもっと懸念すべき事項がある。
このゲームのエンディングが未実装であることだ。
この先は王都に行って、宮廷魔術士や官僚、王様から依頼を受けそれらをこなす。
王族ゆかりの遺跡を調査するイベントもある。遺跡で入手するアイテムが、今後のモンスター討伐やラスボス撃破の鍵となる。
……のだが、ゲームには断片的にしか実装されていない。
以降のシナリオは頭の中にはあるが、ぼんやりとしていて形を成していない。エンディングの形はおろか、影のようなものしか見えない。
エンディングが不明なことよりもさらに重要なのは、不具合の存在。
ウルディ新街道でのモンスター討伐で、明らかに中級以上のモンスターに遭遇するようになっていたことから、今後もあるかもしれない……。
突然、視界の端に黒い影が過ぎり、背中がぞわりとした。
キメラ討伐の時に見かけた正体不明な黒い影と似ている。
胸騒ぎがする。ただの錯覚ではないと私自身が警鐘を鳴らす。
「……ねぇ、アデル、……あれ……」
「はぁ? どうした? あれってなんだ?」
恐る恐る人差し指で指し示すと、黒い影は消えていた。薄暗い森がどこまでも続くだけだった。
「……あれ?」
もうひとつ、別の違和感を感じて、ざわりと肌が粟立った。
「……景色が、同じ」
「はぁ? 森の景色ってどこまでも一緒で変わらないだろ」
身を乗り出したアデルは、目を細めて森の奥を眺めながら呟いた。言葉尻には少しの苛立ちを含んでいた。
確かにぱっと見、何も変わらない。
でも、私にはわかる。
重大な不具合が潜んでいる──。
おそらく、それは……──。
「いやぁ、最近物騒でね。カンデラまで護衛をしてもらえるなんてありがたいよ」
御者台に乗った商人の男性が、聞き覚えがあることを語りかけた。
「────────!?!?」
この台詞を聞くのは二度目だ。
つまり、同じ場面が繰り返されている。
適切な修了条件を設定していなかったがために、永遠と同じことを繰り返す、悪名高き初心者不具合。
その名も──無限ループ!!