1ー7:
ギルドに戻り、報酬を受け取った私たちは宿を取った。翌日は日の出と共に、今いるブルグスト村を発つ。商人の荷車に相乗りさせてもらい王都を目指す。
私のゲーム設計によれば、始まりのブルグスト村周辺で雑魚敵を狩り続け、やっと王都行きの許可がおりるのに、初日からかなりの飛ばし気味である。
すぐに力尽きてしまう魔力。
謎の黒い影。
予期せぬ不具合……。
不安だらけの私だったが、アデルは上機嫌だった。
「いやー、ラッキーだな。早速領主様の許可がもらえて、王都行きが許された。これでデカイ仕事ができて、金をたくさん稼げるぞ」
アデルはずっしりと重い銀貨をほくほくしながら眺めている。
領主に認められれば国内の活動範囲を広げることができる。
私たちが属している王国はランデール王国という。王都では仕事も多く、その分シナリオイベントもどんどん進んでいくのだが、残念ながら私の頭の中にあるだけで未実装だ。
先が見通せない不安からあれこれ考えていると、アデルが顔を覗き込んできた。
「どうした? お前も嬉しくないのかよ。リリ」
「うん、そうだね」
そっけなく返すと、アデルがさらに顔を近づけてきた。
「ちょっと、近いって」
この距離は照れる。とっさにアデルの顔を手で押し返した。
「おい、強く押したらベッドから落ちるだろ?」
「銀貨をたくさん儲けた私達が、なんで同室? アデルのベッドはそっちでしょ?」
アデルは私のベットの上にちゃっかり居座っている。
「たぶん、お前のこと、男だと見間違えたみたいだな」
目を細めてシシシと笑う。その態度がなんとも憎たらしく、私は拳を振り上げて怒った。
「なんでよー!?」
「まぁまぁ、俺はちゃーんとお前のことわかっているから、安心しろ。むしろ、男に見間違えられた方が、変な虫がつかなくて好都合だ」
「……う、ん?」
頭をポンポン撫でられた。そのせいで自分の怒りは勢いを殺され、鎮められてしまう。
まぁ、いいか。そんな具合に。
アデルに触れられたところが気持ちいい。
「節約なってラッキーじゃねぇか。何かと金はいるだろ?」
「まぁ、そうだけど……」
確かにお金は大事だ。
ゲームの世界では、装備を整えたり、アイテムを購入したり、能力を開発するため……などなど、何かとお金は必要だ。
しかし……、アデルと一晩、同じ部屋なのはまずい。心臓が持たない。
やっと推しの声で名前を呼ばれることに慣れたのに、性癖を詰め込んだオリキャラとお泊まりなんて……。私の煩悩が爆発しそうだ。
ふるふると肩を震わせる私を見たアデルは垂れ目の瞳を細くさせて、妖しく微笑んだ。
「それに、別室だと、アレができないだろ?」
「アレ?」
彼の意地悪な笑みに背中がぞくりとする。
──いったい、彼は何を……!?
アデルは私の胸元に下げていた魔水晶のペンデュラムを、私の手にそっと握らせた。石は周囲の光を吸い込んでしまったかのように暗黒色をしていた。アデルは「やっぱり」と呟く。
「石が光らねぇから、お前の魔力、尽きてるわ。回復させてやんねぇーとな。……ほら、こっちこい」
アデルは私に向かって腕を広げてくる。
「……??」
展開を理解できず、呆けているとアデルは舌打ちをして、自分の膝を叩いた。
「だから、早くこっちにこいって。俺の膝の上に……!!」
「えっ!?」
考える間も無く、荒々しく彼の方へ引き寄せられ、膝に座らされた。私の背中とアデルの胸部がピッタリくっつく。
「ええええっ!? ちょっと、なに!?」
「だから、魔力を回復させるんだよ……」
「どうやって!?」
「言わせるんじゃねぇよ。方法はひとつしかないだろ。つまり、お前を──」
最後は聞き取れなかった。
背中からアデルの腕が回され、ふわりと肩を抱かれる。
「大丈夫、乱暴にはしねぇよ。すぐに終わるから」
耳元にアデルの声が降ってきて、腰が砕ける。
モンスターとバトルしていた時の様子とはまるで違う、艶を纏った声色に、改めてアデルの声は推し声優の声だったと思い出し、全身がこそばゆくなる。
「リリ、力を抜け、力んでいると回復が遅くなるから……」
そう言われても、無理。
心臓はバクバクと激しく体の中を打つし、それを認識するとますます動悸がひどくなる。息も、できない。
「リリ……、ほら、力を抜けよ」
鼓膜に伝わる甘ったるい声。徐々に近づいてきて、耳が生暖かくなる。
「ひゃっ」
私の耳に、アデルは唇を寄せた。触れ合った瞬間ちゅっと、唇で食まれる音がして、背筋がピクリとする。
「リリ、……──きだ」
アデルの声が脳内に響き、体が緊張から解き放たれる。
全身の力が抜け、体の芯がなくなってしまったように肉体の感覚は溶けてしまう。
感じるのは彼の体温と鼓動だけ。暖かさと優しさに包まれ、心と体が空にふわりと浮遊した。
まるで、心地よい眠りにつく時のように。
彼と触れ合っている部分──彼の体温を感じている背中や口づけられた耳の感覚は鮮明で、そこから自分の中に暖かいものが染み入ってくる。
心を突き動かす情熱や漲る力のような何か──おそらく魔力が。
アデルから施しを与えられて初めて、自分のエネルギーが枯渇していたのだと実感した。
「よし、回復したみたいだな」
まどろみの中、魔水晶はランプのように淡く光った。
パタリと扉が閉まる音がして、体を起こすと、そばに居たと思ったアデルは消えていた。
彼がやってくれたのだろう。私はベットに横たわっていた。
丁寧に掛布までかかった状態で。
頭と体が目覚め、感覚が戻ると、頭の中でゲームの設定と現実が繋がった。
当時の自分の思考を辿る。
宿屋に一泊することでステータス全回復ってありきたりだな。
体力回復は睡眠でいいけど、魔力の回復は工夫したいな……。冒険者パートナーは異性だし、乙女ゲームの要素もあるし、恋愛的な要素で回復するのはどうだろうか?
そんな感じで安易に実装した魔力回復のためのラブイベント。
ゲーム世界では、パートナーとのスキンシップを通し、トキメキを感じることで回復する仕組みになっていたとは……!?
アデルの囁きは、完全にASMR。音フェチの域だ。推し声優なのでやたらに声がイイ!
『リリ、……──きだ』
耳元に、居ないはずのアデルの声が聞こえ、ドキっとする。
あの時は半分意識が飛んでいて、よく聞こえなかったけど、彼はなんと言ったのだろうか……?
──もしかしなくても、『好きだ』!?
脳内に展開される妄想に再び、胸が高鳴った。これぞまさに自給自足。
でも、現実に好みのビジュアルで推し声のキャラに愛でられたら……。
きっと、そのうち心臓が破裂してしまう……。
──ひとつ、断言しよう。
この世界の倫理観は、私の煩悩でできている!
自分の脳みその業の深さにため息しか出なかった。
頭のなかで会議が始まる。
(こっから王都に行った後の展開はどうなるんだっけ?
遺跡のダンジョンは作りかけだし……。イベントもまともに配置していない。
王様の頼みを聞くメインシナリオは実装した……はず。途中だけど。
……って言うか、二度あることは三度ある。また強いレベルのモンスターが出てきたり、不具合発生するよね? きっと。
ゲームの世界にいながら不具合って治せるのかな? 直した方が絶対いいに決まっている!)
私は完全に迷走していた。この世界に転生した意味、旅の目的を見失っていた。