1ー6:
先ほどよりも大きな生き物が草むらを掻き分けてこっちに迫ってくる気配がする。
何かが姿を現した。姿形を確認できない。
私の認識が追い付くより早く、アデルが剣を振り上げた。
「風刃!!」
風に乗って斬撃が真上へ駆け抜ける。羽を広げ、頭上に現れたモンスターの影に直撃した。
「ピギャーーッ!!」
醜い悲鳴と肉を裂く生々しい音。
私が見た時には縦に真っ二つに切り裂かれた死骸が地面に落ちていた。
「キ、キメラッ!?」
上半身が鷲、下半身が蛇の形相をしたモンスター。旅立ったばかりの冒険者が敵うはずのない、ゲーム中盤の強敵である。
それをアデルは一太刀で倒してしまった。
「え……、うそ。スライム、じゃないの?」
序盤の敵と言ったらスライムで、スライムに遭遇するように実装したつもりだ。
しかし、実際はそうなっていなかった。
「うそでしょーー、また不具合ーー!?」
呆然と立ち尽くしていた私は頭を抱える。
「スライムなんかちまちま狩ってられるか! キメラの方が高い報酬つくし、こいつは今世界的に大量発生しているらしいしな。狙い目だと思わないか?」
アデルは麻袋に、削ぎ落としたキメラの片翼をせっせと仕舞い込んだ。
モンスターの死骸の数で報酬の額が決まる。討伐の証拠として特徴的な部位を拾い集めるのだ。
序盤からキメラがご登場。
アデルも強いし、ゲームバランスが崩れまくりである。
自作のゲームに翻弄されているが、振り返れば身に覚えがある。
キャラのステータス設定は計算式を間違えたんだろうし、キメラ出現は私が仕込んでしまった不具合だろう。序盤はOFFであるべき中盤モンスターが湧くフラグが立っている状態になっているのだ。
思った通りに作られていると思ったら、間違っていた。なんてことはよくある。動かしてみて初めて想定していなかった不具合に出会うもの。
私がパソコンの前にいるのなら、今すぐ直せばいい。
だが、ゲームの中にいる私にはどうにもできない。
額に汗が滲んでくる。
「──!?」
キメラの鳴き声が近づいてきた。その声は一匹どころではない。もっと、いる。
倒したばかりなのに、少しも余裕を与えてくれやしない。
仲間がやられれば報復するのがモンスターの習性だ。
「こいつの断末魔を聞いて仲間が仇を取りにやって来たな。望むところだ!」
自信たっぷりに立ち上がるアデルは再び剣を構えた。
ガサガサと茂みを割って次々とキメラが現れ、囲まれた。その数は六匹。
「えっ、えっ、待って……」
恐れ慄いている暇はない。
ここは私が作ったゲームの世界。私なら、なんとかできるはずだ。
覚悟を決め、足を踏ん張る。
さきほど火球を放ってワイバーンを倒したばかりだ。(アデルとの連携攻撃で)
私ならできる。
魔水晶のペンデュラムを握りしめた。
体が赤い光に包まれ、自分の体から魔法が解き放たれていくのを感じた。ドキドキしながら、発動の呪文を口にする。
「──地を焼き尽くす業火よ……、万物万象、灰と化せ……!」
限界まで高まった私の魔力が炎となり指先に灯る。炎の矢を繰り出そうと詠唱と共に手を振り出す。
「灼熱焦土っ!!」
……が、手が空をかすっただけで、炎は燃え上がることなくじわりと消えてしまった。
「えっ!?」
炎魔術の失敗。
何故だ。
不発に終わったため、攻撃に備えていたキメラたちが防御を解いた。翼をはためかせ襲いかかってくる。
次は相手のターン。
「──伏せろ!! 烈風扇ッ!!」
アデルが私に覆いかぶさり、攻撃を繰り出す。
風の刃が頭上を切り裂いた。斬撃は円を描き、襲いかかってくるキメラを次々と薙ぎ払う。モンスターの気配は完全に消え、バサバサと地面に落ちる音がした。顔を上げるとアデルが剣を納めるところだった。
「ひぇ〜」
圧巻だ。
六匹のキメラも一撃で倒してしまった。しかも、全体攻撃。
「アデルって……強いんだね……」
自分が作ったキャラなのに、他人事。ただ感嘆するばかりの主人公リリをアデルは鼻で笑う。
「ふっ……今更知ったのかよ。俺は最強なんだぜ?」
「……ねぇ、それにしてもなんなの!? 私の魔術!? 酷いんだけど」
魔術士なのに、本日は下級魔術をひとつ放って出番なしとは……。失態が恥ずかしくて八つ当たりをしていると、ぷっとアデルが吹き出した。
「だって、お前の魔力ってたいしたことなかったろ」
アデルは両掌を上に掲げ、呆れ顔を作る。
「えっ、待って。私ってそんなに弱小なの?」
「なんだよ。今さら。それか、魔力回復が充分じゃなかった、とか?」
当然、という顔をするアデル。
彼と同じく、主人公も最強ステータスかと思いきや、私の魔力は初期値のようだ。リアルなゲーム世界で地道に強くなっていくのは途方もなくしんどすぎる。もしかしたら、不具合のせいで魔力はずっと成長しないのかもしれない。
遠くを見つめていると、ぽんとアデルが私の肩に手を乗せた。
「無理すんな。俺が全部ぶっ倒すからお前は何もしなくていいんだよ。かえって足手まといだ」
「う、ん……?」
下に見るような発言にイラっとして彼の方に向き直れば、
「……俺はお前を守るって決めてるから」
「えっ」
次は甘い言葉が付け足されて今度は面を食う。
「ほら、さっさとキメラの羽を集めてくれねぇか?」
「うん」
私とアデルは無言でキメラの片翼をかき集めた。
アデルはどんな想いで、「守る」なんて言ったのだろうか。自然に手を繋いでくる彼とリリはどんな関係?
オリキャラの行動は想定範囲を軽く飛び越え、翻弄される。
自作ゲームへの転生……、恐るべし!
「おーし、こんなところでいいか。ギルドに戻るぞ」
キメラ以降も湧いてきた中級モンスターを、アデルがひとりで一掃した頃にはもう日が傾き掛けていた。
「──?」
突然違和感を感じ、背中が寒くなる。
自然を切り拓いて造った街道は深い森に囲まれている。手付かずの自然が残る森の奥、木々の間に黒い影が見えた──気がした。
黒い影は人なのか、モンスターなのか、物体なのかはわからない。
一瞬、空間が歪んで見えた。まるでゲーム画面が乱れたかのように。
しかし、目を凝らして見てみても、黒い影なんてものはなく、薄暗い森が続いているだけだ。
アデルに歩み寄り腕を掴んだ。
「リリ、どうした?」
「……なんでもない」
黒い影……。
不具合じゃないと、いいな。
そう、淡く願う。
不安で重たくなった足を引きずりながら、ギルドに戻った。