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4ー5:


「パンデモニウム!?」


 聞きなれない名前にアデルの声が裏返る。つかさず私は解説を入れた。


「正真正銘の魔王、と言えばわかる?」


 とある物語に登場する地獄の首都の名が由来のモンスターは、このゲームのラスボスに位置する。


「こいつが!? 異形の獣のような姿をしたモンスターが、魔王?」


 モンスターの王と言うからには、知能があって、私たちにはわからない言語や伝達手段で下位のモンスターを従える統治者をアデルは想像していたらしい。


 地下から現れ出でたそれは、毛むくじゃらの球体が蠢いているように見えて明らかに異形だ。この世界に存在するどんなモンスターにも似つかない。

 長い黒毛の奥には黒い眼球が六個ついており、手足にあたるような部位は見えない。

 洞窟内の固い岩盤床を破壊し、自らが掘った穴の中からナメクジや毛虫のように這い出そうとしている。毛むくじゃらが動く度に地面が揺れた。


「こいつ、強いんだよな?」


 アデルの問いは確認だった。肌で強さを感じ取ったかのように、彼が放つ雰囲気がピリリと張り詰めた。


「うん。とっても。桁違いに振り切れている」


 この世界を破壊しかねない厄災のモンスター。

 それがこのモンスターに対する設定だ。


「こいつ、こんなところで出てくるはずじゃなかったんだろ?」


 私は震える唇をキッと引き結び頷いた。


 マップに配置していないモンスターがなぜ現れたのか。

 マップに配置していないイベントがなぜ発動するのか。

 これまで上位モンスターと遭遇した時とは異なる発生条件に、理解が追いつかない。


 でも、今はそんなことを考えている時ではない。

 額に汗が滲む。バクバク響く心臓を宥めるように、胸を握り拳で押さえた。


 洞窟の床からのそりと這い出てくる黒い毛むくじゃらの巨体。遅鈍な動きだが、巨体ゆえにゴゴゴと地面が揺れる。

 地響きがやみ、パンデモニウムがついにその本体を現わした。私たちの前に立ち塞がる姿は、巨大な黒い天幕そのもの。


「で、でかい……」


 見上げたアデルは愕然としていた。


 私は急いで【石板】に触れ、カインの毒を回復させるように、ソースコードを書き換えた。

 カインの顔色は元の肌色に戻り、血色も良くなる。

 体力を消耗してしまったせいで、しばらくは動けないだろうが、時期に体も動くようになるはず。ついでに体力回復も操作しておく。


「カイン、解毒しておいたから。お説教の反省はまた今度お願いするね」


 今は時間がない。要点だけを簡単に伝える。

 カインは天井を見上げながら呆れたように笑いをこぼした。


「……なんてお人好しなんだ」


「今はあなたの力が必要だから。こんなところで寝っ転がられても、逆に迷惑だもの」


「ふふふ……言ってくれるね」


 カインが言葉を返す前に私はくるりと向きを変えてパンデモニウムに向かっていく。


「リリッ……! お前!」


 切羽詰まった様子のアデルの呼びかけを背中に受けたが、私は振り返らない。


「こいつに世界がめちゃくちゃにされちゃう前に、何とかしなくちゃ!」


 心の中には恐怖より勝る、強い信念が生まれていた。



 ──この世界を守る。


 それが私の使命なのだと。



 パンデモニウムに知能はない。

 あるのは破壊の本能だけ。

 狡猾さも、策略もなく、ただ目の前にある邪魔者を破壊し、時には物体を喰らって飲み込んでいく。生物であろうがなかろうが、関係ない。やつが存在を感知する圏内にある全てのものが攻撃対象だ。特に熱を放出している生物が狙われやすい。

 体力は抜きん出ており、キャラを育成したとしても、かなり手を焼くだろう。ステータスはカンスト──つまりパラメーターの最大値まで上げない限り希望が見えない。


 首にかけた魔法石のペンデュラムは今にも消え入りそうな弱々しい光だった。

 私の魔力は尽きかけていた。最後の力を振り絞ってもパンデモニウムに傷を負わせることすらできないだろう。


 最強のラスボスを前に非力な私ができること。



 それはソースコードを書き換えて、パンデモニウムが存在しなかったことにすること。



 【石板】に触れ、浮かび上がった文字の羅列の中から、該当する箇所を探す。

 指先を忙しなく動かし、紙面をめくるように盤面に指を滑らせる。


「えっ……あれ?」


 焦りから声がこぼれた。背中をひやっとした感覚が駆け抜ける。


 見つからない。パンデモニウムを出現させるソースコードが。


「ない。ない。……どこにもない」


 ないものはない。それなのに、どうか見つかってくれとただの願望から、【石板】にのめり込み、指を動かし続けた。


 どうしよう。

 パンデモニウム出現のソースコードを書き換えれば、万事うまくいくと思っていたのに。

 それしか策はないと思っていた。


 たった一つの作戦ですら実行できずに希望を断たれてしまうなんて。


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