1ー3:
『いつか世界を救った伝説の聖女と呼ばれるまでの冒険譚』
私が余暇を注ぎ込んで制作している創作ゲーム。
内容をざっくり言うと、剣と魔法の西洋風ファンタジー世界を冒険し、モンスターを討伐して村を救ったり、最後は世界滅亡の危機を救う。乙女ゲーム要素を挟み込んだ王道風RPGだ。
女性向けを想定しているため、主人公は女魔術士。パートナーは男性キャラクター。パートナーと信頼関係を育みながら成長し、攻略していく。
ゲームシステム上、プレイヤーはゲーム開始前に好みのパートナーキャラクターを選択する。
シナリオとゲームシステムの構想・作成、プログラミングは自分が担当し、サムネや立ち絵などのイラスト、キャラクターボイスは外注。好みの絵師さんやボイスコさんに依頼交渉を始め、イラストはラフを貰ってキャラクター造形が決定したところだった。
もちろん鋭意制作中で、未完。
自分の性癖を根こそぎ詰め込んで、創って遊ぶ。これこそ創作の醍醐味!
良いものができたら、コミケで頒布もいいかなーなんて思っていた。
義務でもない、仕事でもない。ただ自分の好きをひたすらにどこまでも積み上げていく至福の趣味──。
「あれ? 私、確か昨日、仕事帰りにデバックして……、そのまま……えっ」
よくある異世界転生って、【死んだ】って記憶があるはずだ。
私は【死んだ】覚えがない。気づいたら──それこそ瞬きした次の瞬間、不意に襲われた睡魔から目を覚ました瞬間に、異世界(ゲームの世界)に転生していたのである。
ひとつ確かなのは転生前、アデルとの旅立ちシーンをテストプレイしていたということ……。
「はぁ? ちょっと、待って。だってまだ全部作り終わってないのに」
未完の上に、まだバグが仕込まれている可能性がある欠陥ゲーム。その世界に放り込まれたら、一体どうなってしまうのか……。
ここは村の食堂。
モンスター討伐のお礼にと、助けたおじさんが食事をご馳走してくれた。
目の前に並べられた食事にも手をつけず、頭を抱えて唸っていると、アデルがグラスをテーブルに叩きつけた。
「いつまでごちゃごちゃ言ってるんだ!?」
アデルの眉間には深い皺が刻み込まれ、不快感を露わにしている。
この世界に転生して、まともにアデルと顔を突き合わせて話すので、振る舞い方がわからない。黙っているわけにもいかないので、ぎこちなく言葉を紡ぐ。
「ひっ、ごめんなさい。旅立ちの日だから、緊張してしまいまして……」
一瞬間があった。アデルは不思議そうに私を眺めた後、フォークでグリル野菜を突き刺し口に運ぶ。
「いいから、食え。スープが冷めるぞ」
「あ、はい」
木製ボウルに注がれたスープには湯気が立ち上っている。
食堂に立ち寄るのもシナリオ通りの展開。これから始まる冒険の前にパートナーと会話をし、旅の目的を整理するための、チュートリアルにあたるシナリオだ。
改めて、目の前のスープをじっくり観察する。
野菜を煮込んですりつぶしたであろうポタージュスープ。木製スプーンで啜ると、じゃがいもの味がした。好みの味だ。ゆっくりと腹に下り、体の芯から暖かくなっていく。本物の食べ物だ。
「……おいしい」
改めてこの世界が現実であることを思い知り、スープに夢中になっていると、アデルがフッと微笑んだ。
「なんだお前、腹減ってたんだな。いいから、食え。火傷するなよ」
雑な口調とは裏腹の優しいトーン。まるで愛玩動物を愛でるかのような微笑みを向けてくる。ボイスとビジュアルの相乗効果は鋭利な刃となり、私のハートをひと突きした。「はわっ」と変な声が漏れ出る。
バトル中は余裕がなくて気づけなかった彼の魅力を再認識した。
私のパートナーは雄みが深くて、ぶっきらぼうだけど実は優しくて……ツンデレなところが最高!
「ふぐっ……」
萌え……死ぬ……。
私は胸を抑え、胸の鼓動を必死に沈める。再びアデルの眉がピクリと吊り上がった。
「……」
完全にアデルは呆れ返っているようだ。
自分の好きを詰め込んだゲーム世界に転生できたことを心の底から喜ぶべきだが……。いざ放り込まれてみると、複雑な気持ちだ。
これから彼とふたりきりの旅……! その現実に胸が高まりすぎて苦しい。息ができない。
「いろいろ……ごめんなさい。ちょっと緊張していたみたいで……。異常行動してすみません。……もう、大丈夫です」
これ以上、アデルを困惑させてはいけない。主人公らしく、堂々と振る舞わなければ。
心を入れ替えた矢先、頬杖をついたアデルが怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。
「はぁ?」
首を傾げ、睨めつけてくる。その鋭いネイビーブルーの眼光に背中がゾクリと興奮した。
因縁を……つけられている?
不信感を示しているアデルに、今度は自分が困惑する。
何か変なこと言ってしまったのだろうか?
「お前、妙だぞ。いきなり俺に丁寧な言葉使い出して……」
私は大事なことに気づき、目を見開いた。
そうだ。私はこの世界では主人公キャラクターだ。
この世界で生きてきた記憶や経験があって、魔術士リリが出来上がっている。
自分の設定によると、冒険者として旅立ちが許されるのは十八歳。私、リリもアデルも十八。そして、ふたりは冒険者として出立するために訓練を積んだ旧知の仲──所謂幼馴染みだ。
「あははは……そう、だったね。ごめんね。緊張していて、頭おかしくなってた」
主人公の性格がよくわからなかったけど、私がおどけた返事をすると、アデルの緊張感がふと和らいだ気がした。
「……ならいいが。お前、あぶなっかしいとこあるから、あまり俺を心配させるなよ」
不意にデレた台詞が飛んできて、また私の動きが止まった。拍子に変なところにスープが入り込み、咳き込む。
「何やってんだ。ばか。落ち着いて食え」
また「ばか」の台詞に息の根を止められそうになり、私の呼吸はいっこうに正常化しない。
私を殺す気かっ!
危なかった。なんてキラーワードだ。
これでは始まりの村から出る前に、私は萌え死んでしまうではないか!
最推し声とイラストが掛け合わさった二次元キャラが、三次元の人間になり、自分にあれこれ好みの言葉をかけられれば、尊すぎて死んでしまうことは想像に容易い。
つまり、尊死。
私は旅立つ前に尊死してしまう!
大袈裟と言われようが、性癖を詰め込んだキャラが人間として存在している時点で、尊くて仕方がないのである!
「ふー、ふー」
呼吸を整えるフリをして、スープに息を吹きかける。私はやっとの思いで、ゲーム世界での初めての食事を終えた。