3ー2:
「宮廷魔術士になると、位を戴ける他に、屋敷を持つことを許されてね。数ヶ月前に手に入れた、我が城さ」
「ここが、カインの屋敷……すごい。すごいよ……」
「ふふっ」
漏れ出た私の感嘆にカインは気分良く鼻を鳴らした。
現代社会で言うところの、高級外車や持ち家など、持っていると社会的ステータスが高いと認知されている高級品を見せびらかす男の顔によく似ていた。
今自分がいる豪奢な部屋からして、自慢に値するお屋敷だと思うが、私が感心したのは、カインが自信を誇っている屋敷を持つほどの地位や豪華絢爛な屋敷そのものではなかった。
(えっ、まって、カインが屋敷持ち!? それが本当にこの世界で実現されている!?)
心の中で私がきゃあきゃあと黄色い声で騒ぎ出す。
私がこの世界でいつも心動かされるのは、自分が想像したことが実現されている、その奇跡のような出来事に対してである。
ゲームのシナリオでカインは宮廷魔術士になったばかりという設定。
ちなみに、この世界で宮廷魔術士とは、位をもち、貴族に等しい地位を得た者たちだ。魔術の実力と王国への忠誠心の双方がなければ評価されない。魔術を駆使して、国防や技術開発、国政、あらゆる場面で活躍する彼らは国の宝とされ、王都に屋敷を持つことを許される。
……と、宮廷魔術士がどのような存在なのか、定義は私の頭の中にあるものだから、カインがそれなりの地位を得ていることも、屋敷持ちであることも既に知っている。
だけど、それなのに。
空想の産物が、現実のものとなって目の前に現れる。
ただそれだけで、感激してしまう。天にも飛び立ちそうだ。
あの、カインが。
上質な布で仕立てたローブに宮廷魔術士の象徴である徽章をつけ、煌びやかな部屋に佇んでいる。
小説の行間、余白を余すところなく埋めるような。平面の絵が立体になるような。おぼろげだった頭の中の偶像が、目の前で息をしている。
ああ、それだけで。泣きそうだ。
カインのお屋敷のマップなんて作っていなかったし。どんな家かも想像していなかった。
ああ。ああ。ああ……。
まだ大事な話にも至っていない冒頭の会話で打ちのめされてしまった。
とりあえず、物語を進めなければと、放り出してしまった心のコントローラーを握り直す。細部まで作り込まれた部屋の、幾何学模様の壁紙を見つめて平常心を取り戻そう。
「目覚めたばかりで悪いけど、大事な話をさせてもらう。王宮に参上してもらいたい。冒険者たちに、国王様から直々の勅令がある。近日招集がかかるだろう」
しばらく称賛の余韻に浸っていたらしいカインは、綻んだ表情を整えて話を切り出した。
「あ、私たちが」
急な展開に驚く。
驚いたのには他にも別の理由もある。
アデルルートとカインルートのシナリオがごちゃ混ぜになっているからだ。
覚えがある展開に、カインをパートナーに選んだ時のシナリオルートを思い出す。
確か、王国の建国伝説となっている遺跡にモンスターがはびこってしまい、それを駆除するべしという勅命を王様から引き受けるというものだ。
アデルルートとも共通のシナリオで、実はここまでしか実装できていない。以降のシナリオは未完で、この世界で何が起こるかも未知である。
アデルルートとも共通のシナリオであるが、アデルをパートナーに選んだ場合、王宮に参上するにはいくつかのステップを踏まなければならない。
王都行きの許可証を手に入れたことで、初期の関門は突破したが、アデルと共に王宮に参上するにはかなりの依頼をこなし、王都で名を上げないと王宮には招かれないはずだった。
それを、細々したイベントを吹っ飛ばして、遺跡モンスター討伐シナリオへ!
個人的にはダンジョンマップや仕掛けにもこだわったから、画面越しのテストプレイ以上にが輝いてしまった。
私の心中なんて知る由もないカインは真剣な顔で話を続ける。
「その勅命に関して、僕は重要な任務を負っている。ついては、僕と一緒に行動してもらいたい」
特別な任務ってなんだろう?
想定の範疇からはみ出るカインの発言に首を傾げた。
「重要な、任務?」
「まぁ、それは明日国王から拝命を受けてから話そう」
「カインと一緒に行動するの?」
「ああ、正確にいうと、僕の元で働いて欲しい。部下として」
「部下!?」
想像もしていなかった言葉に声がうわずった。
主従関係を結べと? そんな設定は盛り込まれていない。いきなりのオリジナル展開に動揺し、呼吸が乱れる。
私が物語を仕込んだゲームの世界で、一体何が起こったのか、理解が追いつかない。
口をポカンと開けたままの私を見て、カインは顔を崩して笑った。
「はは……。いきなり何事かと思うよね。主従関係を結べなんて、大したことを言うつもりはないよ。僕には君の力が必要だと感じたから、傍で僕を助けて欲しい思っただけさ」
「それで……、私は何をすれば」
自分の頭の中にはないシナリオに突入するのか? 先行きが不安で目が泳いだ。
「それは明日。ゆっくりと話そう」
カインは微笑むだけで何も語らない。国王の勅命の後に、と頑なだった。
私がカインの部下なら、アデルは……?
視線をアデルに向けると、カインはそれに気づいた。
「もちろん、アデルくんも僕の部下さ。既にもう彼とは契約は済んでいる」
「契約!?」
「ああ。アデルくんは自らの意思で僕と主従契約を選んだ」
「アデルが……?」
部屋の壁際に寄りかかったアデルは無反応。私たちの会話には興味がないとそっぽを向いていた。
俺様のアデルが? そんなことを許したのか?
何か思惑でもあるのか。
「君には事前に説明できなくて申し訳ないけど。君は眠っていたし、急を要するのでね」
カインがアデルの右手に手をかざすとアデルの手の甲がぼんやりと青く光った。これは従者の体に刻まれた契約の徽章。契約内容を体に刻む魔術が、アデルに施されていると理解したが、これも自分が作り込んでいた設定ではなく範疇外。
契約魔術の効力は、予想はできるが、詳細はわからない。
「なんで、説明もなしに……」
知らない間に進み始めた話に憤ることもできない。自分の無力さを噛み締めるように呟いた。
カインは弁明もなく、詫びもなく、ただ微笑んでいた。
心の奥にある闇を包み隠しているような笑みだ。
整った顔に貼り付けられたような綺麗な笑顔で、「君の力が必要なんだ」と繰り返すだけだった。
自分の想像を超えて動き出した世界に、私は置いていかれそうになって、怖くなる。
本当は目覚めたら聞きたいことがあったはずなのに、全て霧散してしまった。
カインも使用人も去った部屋で、私たちはやっと緊張を解くことができた。
ずっと無表情だったアデルも心配そうにこちらを見ている。
ほろほろと泣き出した私に近づいたアデルの手を取り、頬に引き寄せる。
アデルは照れたような、困ったような複雑な表情をして、黙って私を見下ろしていた。
「私は大丈夫だから。もうしばらく、こうさせて」
アデルは静かに頷いて、もう片方の手で私の頬に触れ、顔を包んでくれた。
彼は言った。
「ああ、何もかも、大丈夫だ。俺がそばにいるから。心配することは何もない」
その暖かさに心の底から救われた。
昔から私は、想定外のことが苦手だった。
自分の思い通りにならない現実に、振り回され、時には落胆した。
現実世界の日常で起こる、些細な出来事にさえ心を動揺させて、苛立ちを募らせて生きてきた。
誰かから、想像もしていなかった言葉が飛び出す。ただそれだけで傷ついたりもした。
小さな浅い傷が積み重なって知らないうちに、痛みに過敏になってしまったらしい。
自分が想定できるはずの世界で起こりつつある、想像をこえる出来事。
その片鱗を恐れた私を包み込んでくれるアデルの暖かさは何よりも愛おしかったし、尊かった。
「ありがとう……。アデル」
ふわっと体が包まれる。
私は今、一番欲しい言葉をくれる彼の腕の中にいた。




