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1ー2:


 小型のワイバーン。ついさっき孵化したばかりの赤子。

 どおりで飛行型モンスターの鳴き声がしたわけだ。きっと逃げ惑う鳥なんだろうと安易に考えていた。


 力が抜けてどすんとその場に崩れ落ちた。


「おい、大丈夫か」


 尻餅をついた私に向かってアデルが手を伸ばす。


「だ、だって、ワイバーンって……」


 もちろん初期ステータスで倒せる相手では、ない。


 アデルは余裕たっぷりに微笑みかけ、わなわなと震える私の体を支えながら引き起こした。


「なにビビってんだよ。あいつまだ赤ん坊だぜ。飛び方も危なっかしい」


 頭上には飛び方もままならず、空中で右往左往するワイバーンの姿がある。幸いにもまだこちらには気づいていない。


「……逃げようよ! アデル。赤ちゃんと言ってもワイバーンはワイバーンだよ。今の私達には敵う相手じゃないよ」


 いくらアデルが自信家で恐れを知らない設定(性格)でも、今の彼にはワイバーンを屠れる力なんてないのだ。作者の私が一番よくわかっている。


 どこかに飛び去ってくれと願いながら、微動だにしないアデルの腕にすがりついた。


「……それはできねぇな」


 彼は目を合わせず、私の腕を振り払った。両手を広げ、盾のようにして私の前に立ちはだかる。


「忘れられねえんだよ。あの時のことが……」


「えっ……」


 まだワイバーンはこちらには気づいていないようだ。まだ猶予があることを察したアデルは背中越しに語り続ける。


「俺たちの村を襲った飛行型のモンスターはまだ子供だったが……、俺とリリを残して、みんなそいつに殺された。あいつもそのうち人里を襲うかもしれない。……だから、逃すわけにはいかない」


 アデル、そして彼の幼馴染みである主人公の過去の出来事──キャラ設定を思い返す。


「俺はあの時、見ているだけだった。……でも、今は違う。今なら、こいつを倒し、お前を守れる」


 自分の設定と知りながら、アデルから語られる切実な想いは、体の芯に届き、私の心を震わせる。


 しばし前を見据えていたアデルが少し後ろに顔を向け、視線を送った。眉間が寄せられ、険しい表情ではあるものの、垂れ下がった目尻には微笑みが滲んでいた。


「安心しろ。俺が何とかする。リリは爪の先に炎のあかりを灯して、俺を助けてくれ。……いいな、炎だ。わかったな」


 それは魔術を放つ合言葉だと、悟った。


 アデルは腰に吊るした剣に手を掛ける。上空の得物に向かって構え、大きく息を吸い込んだ。


風刃(くうば)ッ!」


 気合いと共にかまいたちが飛び出した。

 ワイバーンに直撃し、やつはキィと叫びを上げる。斬撃を受けた部分は鱗が剥がれ落ち、抉れた肉からは血が滴った。


 嘘!? 攻撃が利いている。


 アデルが繰り出した、風の斬撃は初期レベルの技ではある。だが、効果は初期レベルではない。中級レベルだ。そうであっても、同じ風属性のワイバーンには無効なはず。

 想定外の攻撃力に驚くが、それに浸る間はない。


 ワイバーンがこちらに気付き、私達に狙いを定めた。

 鋭利なくちばしや爪で攻撃を仕掛けようと、急降下してくる。


 風切る音が迫る時──、アデルが叫んだ。


「炎を灯せ!」


 数日前に実装したばかりの魔術発動エフェクトを思い出す。首に下げた魔水晶のペンデュラムを握りしめ、念じた。私が知っている初級の火炎魔術を頭に思い浮かべて──。


火球(かきゅう)っ!」


 掌に小さな炎が出現し、瞬く間に地球儀くらいの大きさに膨れ上がった。


「いけっ! 回風(かいふう)ッ!」


 アデルが放った風の刃が炎を巻き込み、渦を作る。火炎渦は襲いかかってきたワイバーンを包み込んだ。煙と火柱を高く上げてやつを燃やし尽くす。


 キィキィともがき苦しみながら、黒く焦げていくワイバーン。まもなく、それは灰に変わって消失した。


「倒せ……た……」


 力尽きたように私はその場に座り込んだ。


「どうした? これだけでへったったのか?」


 アデルは剣を鞘に収めながら、いたずらな笑みを浮かべた。ちょっと人を小馬鹿にしたような表情が憎たらしいが、好みの顔なので許せてしまう。


「おかしい……」


 言葉となって漏れ出た脳内の思考に、アデルが首を傾げた。


「何がだよ」


 私はうずくまったまま、頭を抱えた。不安や疑問が鬱積し、脳内の思考がドバっと溢れ出した。



「おかしい……。だって、最初の敵ってスライムでしょ? 

 そう設計したはずでしょ? なんでワイバーンが出てくるの? バグってない 

 アデルがめちゃめちゃ強かったから、助かったけど……。


 ってか、なんでアデルが中級モンスターのワーバーンを簡単に撃破できちゃうわけ?

 おかしくない? 初期ステータスじゃないよね? ステータスもバグってない?」



「……」



 足をジタバタさせ、うめく私を、アデルはただ黙って見下ろしていた。彼の冷めた視線が痛い。

 それでも彼は私が落ち着きを取り戻すまで、何も言わずにその場に留まり続けてくれた。

 なんて優しいんだ。さすがは乙女ゲームの男性キャラ。(態度は横柄な俺様キャラではあるが)



 推しキャラとゲーム世界で出会い、ドキドキワクワク冒険の旅!


 なーんて浮かれることも、物語の世界に浸ることもできず、自分自身で仕込んだ不具合(バグ)に頭を抱える。



 ──断言しよう。


 この世界(ゲーム)不具合(バグ)だらけだ。


 冒頭ワンシーンで、


『出現する敵モブがおかしい』

『キャラのステータスがおかしい』


 という、ふたつの不具合(バグ)に出会っている。


 作者の勘から他にも重大な不具合(バグ)が仕込まれている予感がする。



 ──不具合(バグ)だらけの、しかも未完のゲーム世界で。


 ──主人公(私)は推しキャラと見事にゲームをクリアして、ハッピーエンドを迎えることができるのか?


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