水着になってみて
そして、翌日の放課後。
二人で再びやってきた、あの海。
今回は夜じゃないので、一面の青が美しく輝く、穏やかな海。
「よーし、練習始めるぞ。いいかエルーナ」
「うーん……?」
「お前の役目は、俺が溺れそうになったら助けることだ。お前は一応、その身体でも少しは泳げるみたいだしな」
「う、うん……。それは、別にいいんだけど」
「んー? 何だ?」
「や、やっぱり、一旦練習ストップ!」
何も始まらず、俺たちは海から上がった。
そしてエルーナは、海の近くにあるファミリーレストランへと俺を引っ張っていった。放課後の高校生たちがたむろするその場所で、俺とエルーナは二名様で禁煙席の方へと案内された。
「ふぅ……ふぅ……。それにしても、この店、けっこう暑いな」
「そう? 私は、涼しくて快適だと思うけど」
「やっぱ、太ってるせいかな。本当に不便な身体だよ、これ。運動不足だから、やたらすぐ疲れるし」
「あはは……。ついでに少し休んでいこうよ」
たぷんっ、と。ちょうどいい高さのテーブルに、脂肪がついて大きく重くなっている胸を置いた。そうすると、肩がスッと軽くなって、気持ちもどんどん楽になるのだ。
「……それで? なんで練習ストップしたんだよ」
「えーと、その……だから、はっきり言うとね?」
「はっきり言うと?」
「その胸っ! やっぱり丸出しで泳ぐのは、マズいと思うのっ! だ、だから、まず女の子用の水着を買いに行こう……?」
「断る」
「えぇーーっ!? なんで断るのっ!?」
俺が今使ってるのは、男子用の競泳パンツ。
なぜなら、この水着は……あの井津清鷹選手(かつての俺)が愛用している物と同じだからだ。
「スマホで検索してみろよ。井津清鷹って」
「えーっと、井津……清鷹……。あっ! あった! この写真! これ、君なの!?」
「そう、これが俺。去年の全国大会のやつだな。結果は6位なんで、自慢はできな……いや、ちょっとは自慢できるかな」
「へー……。これが、清鷹くんの本当の姿……」
「……で、ほら水着が同じだろ? 俺はこのメーカーのこのモデルって決めてるんだよ」
「わ……」
「ん? どうした? エルーナ」
「おなか……腹筋割れてるね。今は、ぽよんっとしてるのに」
「うるせーな! そこは見なくていいんだよ!」
俺が注意してからも、エルーナはしばらくスマホの画面を見つめていた。
「それで……水着が、これじゃないとダメなの?」
「そうだ。これが俺のプライドであり、アスリートとしてのこだわりってやつだ」
「いや、でもさ……現実を見なきゃ。君はもうスーパーアスリート男子じゃなくて、ただのぽっちゃり女子なんだよ? 周りの人は、みんな君の大きな胸を見るし、最悪警察とか呼ばれるかも」
「け、警察ぅ……!? なんでだよ! 海で泳いでるだけだぞ!?」
「だって痴女だもん」
「お、俺が、痴女だとっ!?」
「騒ぎを起こすわけにはいかない、でしょ?」
「うーん……。また警察沙汰になったら、今度こそ病院送りか……」
「同じメーカーの女子用のやつで妥協してよ。あるでしょ、そういうの」
「あるけど……。でも、俺が……女子の水着なんて……」
「何? 恥ずかしいの? あははっ、いやいや、男子水着のほうがよっぽど恥ずかしいよ!? だいたい水着なんて、『今の』自分の身体にフィットするかどうかが、一番大事でしょ」
「だ、だったら……今まで穿いてた俺の水着は、お前が穿けよ」
「なっ!? なんでそうなるのっ!?」
「お……お前にも水着が要るだろっ! 海に入るんだから」
「だってこれ、上半身裸になるわけでしょ……!? こ、この変態っ!!」
「今のお前の身体にフィットする水着が、これだろうが! 俺にだけ恥ずかしい思いを……じゃなくて、お前の"助言"をちゃんと聞いてやるんだから、俺の言葉にも従ってもらう。ほら、行くぞ」
「う……。ううぅ~~……!!」
*
それから二人でスポーツ用品店に寄り、俺たちは海に戻ってきた。
身に付けているのは、今の自分に合わせた新しい水着だ。
「……」
「……」
俺は、女子が着るようなワンピース型の競泳水着。
菜穂の身体は、身長が低いくせにお尻や太ももが特に大きくて、スパッツは締め付けがかなりキツかったので、太もも丸出しのハイカットの水着を選んだ。
水着の感覚は、やはり今までとは違う。全体にぴちっと張り付く素材に包まれ、痛みのない程度にキュッと締まっているので、肩や背中など、今まで意識していなかった場所に意識が向く。肌が敏感になっているためか、海水が水着に触れると、誰かの繊細な手に撫でられているようにさえ感じる。
「……!」
そして、水着で際立つのはやはり、大きく膨らんだ二つの胸と、でっぷりとした重みを感じる腹だ。自分のだらしない体型がくっきりと分かってしまうため、下手に露出するよりも恥ずかしい気持ちになる。
きっと、菜穂が泳げない理由の一つに、「水着姿を見られるのが嫌だった」というのがあるのだろうと、俺は思った。
一方、エルーナには俺が今まで使っていた男子の競泳パンツを渡した。
「……おい」
「な、何……?」
「脱げよ。シャツ」
「やだ。変態」
ちゃんと競泳パンツは穿いている。が、なぜか制服のカッターシャツを羽織ったまま、そいつはザブザブと海に入ってきた。
ほっぺたが真っ赤になっていて、こちらと目を合わせようとしてくれない。
「俺には、こんなの着せといてさ」
「私だってちゃんと穿いてるっ!」
「……別に、今のお前の胸なんて、誰も興味ないぞ。男の胸だから」
「そういう問題じゃないっ! 私はもうこのままでいいから、さっさと練習始めよっ!」
初日の練習。まだ異性の水着の感覚に慣れていないので、俺もエルーナもしばらくは顔が赤いままだった。何も気にせず、思い切り身体を動かせるようになるには、どうやら時間がかかりそうだ。
そして練習の最中、やっぱりそいつのシャツはビショビショに濡れた。