学校のプールから
『健全なる精神は、健全なる身体に宿る』
スポーツをやってると、どこかで必ず耳にする言葉。
心と身体は、決して切り離せないものだ。それがもし、切り離せてしまったら……たとえば、他の誰かと入れ替えられたりしたら、その人はどうなるんだろう?
「はぁ……はぁ……。なんだ……!? この、身体っ……!」
*
梅雨明けの空。眩いくらいの太陽の光が、大地を照りつけている。
ようやく一学期の期末試験期間が終わり、カレンダーに「夏休み」という文字が現れた。今日からしばらく、学生たちは勉強という本分を忘れて、部活動に打ち込むことができる。
「もっと大きく! クロールは大きく腕を回せ!」
右手には、黄色いメガホン。
「今のはターンが遅い! もっとクイックに!」
上半身は裸で、下半身には競泳パンツ。
「息つぎのタイミング! テンポを意識するんだ!」
俺は元々、水泳部の男子だったから、今日から通うことになったこの高校でも、水泳部の男子としてふさわしい格好で、プールサイドに立った。
そして、「今の自分」ができることを探し、見つけた。
自分ができることを、一生懸命やる。
そうすれば、いつかそこが自分の居場所になる。
そう信じていた。
*
「うわぁーーーっ!?」
水泳部の練習が終わった後。
俺は女子更衣室から追い出され、床をゴロゴロと転がり、背中をドシンと壁にぶつけた。
「はっきり言って、練習の邪魔だよ」「ウザいからどっか行って」「ってか、その格好何? ほんとキモいよ」
俺という存在は、この学校の水泳部では受け入れられなかったらしい。
「意味分かる? 胸を隠せって言ってるの」「嫌なら、水泳部にはもう二度と来ないで」「あたしらまでヘンタイだと思われるじゃん」
合わせないとダメだ。他の奴らに。足並みを揃えて、みんなと同じで、はみ出さないように。
でも、今まではそんなこと考えずに生きてきた。何でも自分のやりたいようにやり、その結果、俺は特出した才能を開花させ、実績を積み上げてきた。
俺にもアスリートとしてのプライドがある。と言えば聞こえはいいが、ただ現実を直視できていないだけかもしれない。
「そもそも、あたしらの方が先輩じゃん?」「あんた、一年生でしょ」「なんで先輩に向かって偉そうに命令してくんの?」
俺は高校二年生……いや、スポーツの世界で、学年や年齢は関係ない。
能力の高い者が、低い者に指導する。そうすることで、全体のレベルが高まり、個人だけでなくチームとしても勝てるようになる。
だから、そうした。
「泳げないくせに」「クロールも、平泳ぎも、バタフライも……」「何もかも」
たしかに泳げたんだ。あの日までは。
「できないくせにっ!」
*
「……」
そこから全く動かず、うつむいてボーッとしていると、日が暮れた。
今はとても静かだ。俺を追い出した女子たちも帰ってしまったので、プールの更衣室には、もう誰も残っていない。
「はぁ……」
明日はどうする? 何も思い付かない。
行き先が見当たらず、立ち上がる気力がない。
もう、今の自分には……何も残ってない……。
「……!」
その時、一枚の大きなタオルが、俺に向かってフワッと飛んできた。
「うわっ!?」
バサッ。
顔や胸を覆うように、タオルは俺に引っ掛かった。
「風邪引くよ。早く制服に着替えないと」
「え……?」
聞こえてきたのは、男の声だった。
慌てて邪魔なタオルを取ると、俺のすぐ隣に、一人の男子生徒がちょこんと座っていた。
「ふふっ。君に会ってみたくて、ここまで来ちゃった」
そいつは男の声で、男の姿で、そう言った。
「私も……きっと、君と同じ。あの日に全てが変わってしまったの」
まるで、自分が……「孤独な少年の前に現れた、物好きで不思議な少女」だと、勘違いしてるかのような口調で。