第四話
「おい。ゾウリムシ。面貸せ」
ゾウリムシと呼ばれた少年は、中学生になった雨宮少年だ。
少年はクラスメイトに連れられ、体育館倉庫へと向かった。
「おい!見てみろよ!コイツ勃起してやがるぜ?!」
「おいおい。こんな豚の下着姿見て興奮してるのかよ!」
体育館倉庫にはすでに三人の同級生達と、少年と同じく虐められている女子がいた。
少女と少年に繋がりは無く、強いて言えば同学年という程度である。
そばかすを長い前髪で隠す少女は、下着姿だった。
豚と呼ばれている少女だが、決して太っているわけでは無い。年相応の身体付きをしているが、少年達と比べると、同じ年頃の女性ではどうしてもふくよかに見えてしまうものだ。
思春期の少年は、初めて見る同じ年頃の女性の下着姿に、性的興奮を覚える。
ましてやここは学校だ。その非現実的な背景が背徳感を増させ、この後の事を少年に嫌でも想像させた。
その日、名前も知らない少女を少年は使った。
「聞いた?徳川さん、自殺したって」
「えっ?!ホントっ!?親の都合で転校したんじゃなかったの?」
少年の耳に噂話が入る。
あれから半年。周りは受験シーズンに入り、暇では無くなったからか、少年への虐めは息を潜めていた。
ーーどうしよう…あの時、僕が強姦したせいだ…。僕が殴られるのを我慢すればそれで済んだかもしれなかったのに……ーー
もしここに事情を知る、まともな人達がいれば、周囲の大人達の責任だと追求する事が出来たのかもしれない。
守られるはずの少年少女には守ってくれる人などいなかったのだ。
そして少年が知らないだけで、少女への虐めはあの日以来エスカレートしていたのだ。
少年と少女の行為を動画に撮って笑っていた少年達であったが、後日その様子が忘れられなくなり、その内の一人が少女を強姦した。
程なくしてそれは三人の中で共有され、少年への虐めという興味が、性交という興味に変わっていき、少年への虐めは終わりを告げた。
そして、それはまた少女の人生の終わりでもあった。
「雨宮。お前、頭だけは良いんだから、高校へは行け?な?」
とある日、進路相談室で少年は担任から指導という名の押し付けを受けていた。
「い、いえ。ぼ、僕は進学しません」
「中卒で生きていけるほど、世の中は甘くないんだぞ?考え直せ」
少年が何度拒否しても、担任は進学しろの一点張りだ。
少年の学力は学年でも上位に位置している。周りがゲームだ部活だと青春を謳歌している時に、少年のした事は『虐めを受ける』と『勉強』という時間潰しだったからだ。
そしてそんな少年が分相応な高校へと進学しなければ、担任は自分の評価を落とされると、躍起になっていたのだ。
少年が進学したくとも、出来ない理由を見て見ぬふりをして。
ガラガラ…
「た、ただいま」
誰もいない家に少年は帰宅した。
もちろん返事などあるはずもない。
毎日のこと。その事に少年は、ひどく安堵していた。
半年前、少年の母親は、手紙とお金を残し失踪した。
書き置きには少年へ向けた、呪詛のような言葉が綴られていた。
そして最後に『大事にするな』と。
守ってくれるはずの親がいなくなった少年だが、それからの生活は飛躍的に楽になった。虐めは続いていたものの、心を休める場所がようやく出来、そして飢えに苦しむ事も無くなった。
食事はもやしを炒めたものや、ただの塩おにぎりが多かったが、少年にはそれで十分だった。
アパートの家賃は引き落とし、そしてこの集合住宅では他人の暮らしに興味を持つ者も居らず、少年が一人で暮らしている事を知る者はいない。
母親が残したお金では一年ほどしか暮らす事は出来ず、少年は進学を断念する事に。
元々母親からは中学を卒業したら家を出ていけと言われていたので、それはそこまで変わる出来事ではなかった。
その後、少年からすればヌルい虐めはあったものの、無事に中学を卒業して就職することになった。
就職と言っても正社員というわけでは無く、近所にある建設関係のアルバイトを始めた。
働き始め、少年は驚く。
社長の気まぐれで連れて行かれた生まれて初めての外食は美味しく、それだけで働く意欲が湧いてきた。
家賃25,000円と、その他の生活費が稼げたら十分だと始めたアルバイトだったが、初めての給料日で少年は予想の倍のお金を手にした。
真面目で自己主張しない少年は経営者にひどく好かれた。
使いやすく、単純な事で喜ぶからだ。
そんな少年が他の従業員に嫌われるまで、たいして時間はかからなかった。