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エドガー・バンクロフト駐日米国特命全権大使。彼が襲撃されたとすれば国際問題になりかねないほどの大問題である。
「現状、判明していることはありますか」
「先の震災によって米国大使館も被害を受け、現在帝国ホテルへとその機能を移管していることは知っているな。民間人も含め多様な人物の往来があるホテルという場は当然ながら、安全面において大使館より大きく劣る。そこを狙われた形だ」
関東大震災では多くの家屋が倒壊もしくは火災によって消失した。当時木造であった米国大使館もその内の一つであり、1931年に現在の場所に再建されるまで仮事務所を帝国ホテルに設置していたのである。
「未遂ということは既に何かの行動があったということでしょうか?」
総長は質問に対して一枚の報告書を見せて答える。
「二日前の未明、ホテルの一室で寝ていた大使を狙った狙撃が起こった。幸いにも外れたことで大事には至らなかったが、奇妙な点がいくつかある。まず誰一人として銃撃音を聞いたものがいない。ホテルの従業員も外にいた者も誰一人としてそのような音は聞こえなかったと証言している。さらに弾痕や銃弾そのものが発見されていないというの妙だ」
「犯人像について見当はついていますか?」
「米国もそして内部でも軍部ではないかと推測している。軍縮条約や政党政治による軍部の圧迫に対して不満を持った青年将校が引き起こした凶行、というのが大方の見方だ」
そこで一区切りすると、耳元へと近づき声量を落として語り掛ける。
「我々は何としても犯人を捕えなくてはならん。ただでさえ米国では反日感情が高まっているのだ。悔しいが今すぐ米国と戦争になったところで勝ち目は薄い。ここで火に油を注ぐような真似をする連中は潰しておく必要がある」
1924年、後に排日移民法と呼ばれる法律がアメリカで施行される。これによって日本は完全に移民権を失い、反米感情が高まることとなった。それは軍部も例外ではなく、太平洋戦争の遠因とすら言われている。
「今は条約によって軍事力の差が縮まることはない。しかし、それは裏を返せば我々が引き離されることもないということだ。この状況を今揺るがすわけにはいかん」
自身の目でアメリカという国を見た男はその強大さを誰よりもよくわかっていた。今や大英帝国を超えようとしているその国力を目の当たりにしたからこそ、局面の重大さをひしひしと感じているのだ。
「それで私はどのように動けばよいでしょうか」
「仕留めきれなかった奴らは必ずまた仕掛けに来る。そして幸いにも警戒心の上がった大使はここのところホテルから出ていない。必然的に奴らはまたホテルでことを起こすしかないはずだ」
「つまり、ホテルに張り込めば尻尾を掴める可能性が高いということですね」
「ああ、今回は商社の社員としてしばらくの間ホテルに張り込んでもらう。既に必要な服、小物、身分証などは用意してある。即日向かうように」
「了解しました」
こうして海軍軍令部特務局、その最初の任務が幕を開けることとなる。
※
そして顔も服装も変えた新人特務将校は数日の張り込みの後に、遂に犯人らしき人物と会敵した。
しかし晴賢はその犯人像に対して明らかな違和感を覚えている。
『なぜわざわざ目立つようなやり方をしたんだ?一度は暗闇にしたのだからそのまま刺殺でもした方が確実だろうに。それに魔術の言語にも疑問が残る。日本人がラテン語の西洋魔術を使うことがあるのか?』
どうにも示された犯人像と一致しないと感じながら式神を元に追跡していく。
関東大震災によって大きな被害を受けた帝都は徐々に再建が進んでいた。復興局による上下水道や大通りなどインフラと区画整理事業が進められているその姿はこれまでとは印象を晴賢に与える。
一方で少し路地裏を覗けば孤児がいるというような極端な光と影への不安も彼は抱かずにはいられなかった。
だが軍人である彼はともかく今は任務に集中すべしと切り替える。
そして30分ほど歩き続けるたところで式神の動きが止まった。そこが魔術師の本拠地であることに確信を持った晴賢は足早に現場に向かう。
果たして式神の示す場所は高級住宅の立ち並ぶ中でも特に立派な西洋屋敷であった。
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