鏡よ鏡。世界で一番美しいのは……えっ。○○の私!?
お読みいただきありがとうございます。
ふと思いついた1発ネタです。出オチとも言います。
短文ですので気分転換にどうぞ。
とある王国の女王の寝室。
23:00になると女王には日々の日課があります。いえあったと言った方が良いですね。
それは何かというと、寝室に設置してある姿見に向かって下着姿で話しかけることです。
といってもこの15年ほどは出産に始まり夫である国王の逝去。女王への就任やら隣国が攻めてきたり地震が発生したりと息をつく暇もない程忙しかった為に、本当に久しぶりのことです。
まったく我ながらよくこの15年を生き抜いて来れたなと感心するとともに、ようやく国も安定し始め娘も婚約者が決まりプライベートの時間を確保する余裕が生まれました。
そこで15年死に物狂いで頑張った自分へのご褒美に、この魔法の鏡に話しかけることにしたのです。
「鏡よ鏡。世界で一番美しい女性はだあれ?」
こう問いかけると鏡は決まって「それはあなたです」と私を褒めてくれるのです。
単純と笑いたければ笑いなさい。
女王にもなると周囲はお世辞でしか私を褒めてはくれないので本心で答えてくれるこの鏡の言葉は心に沁みるのです。
さあ、今日も私を褒めて癒しを与えて頂戴な。
『はい。世界で一番美しい女性。それは……15年前のあなたです』
「……へっ」
何か変な言葉が間に挟まっていたように聞こえるのですけど。
「あの、もう一度教えて。世界で一番美しい女性は誰だと言ったのかしら?」
『はい。15年前のあなたです』
どうやら空耳では無かったようです。
「15年前。それはどういうことかしら」
返答次第では叩き割ってやろうかと拳に力が入ります。
昔の華奢な私と違って人生の荒波を潜った今なら鏡の10枚や20枚余裕で叩き割れますよ。
しかし鏡は変わらず淡々と答えました。
『15年前。18歳の貴方は肌に潤いが満ち、髪も艶やかでまるで天使か女神かと思えるほどでした。
しかし時間というのは残酷です。
今の貴方はとうにお肌の曲がり角を過ぎ去り、ほうれい線に皺が出来、髪も艶が失われて枝毛だらけ。
15年に渡る過労と寝不足とストレスにより昔の見る影もありません。
日中は化粧で誤魔化しているようですがスッピンの今の貴方では世界一美しい女性と呼ぶにはちょっと、ねぇ』
「ぐっ」
自分でも無理して見ないようにしていたのにズケズケとこの鏡は。
そんなこと他人に言われるまでも無く分かっているのよ。
それに今から頑張ってスキンケアを行っても砂漠に水を撒くようなものでほとんど無意味って事もね。
ま、例え女王でも寄る年波には勝てないわね。そればかりはどうしようもないか。
でもそれなら私の娘はどうかしら。
今年で15歳になるし私の血を引いているのですから数年後には世界一の女性になるのかしら。
「ねえ、では私の娘はどうなのかしら」
『マリー様は……数年後には世界一の美女になる、可能性はありました』
「ありました?過去形なの!?」
『はい。残念ながら既に手遅れかと』
どういうことかしら。
確かにここ数年、あの子は学園に行っているし、私も忙しくて全くと言っていい程に会えてはいないのだけど。
「具体的に理由をおしえてくれるかしら」
『はい。幾つかあるのですが、まずマリー様はここ数年でだいぶふくよかになられています。
具体的な数字で言うと体重は恐らく70キロ前後と言ったところでしょうか』
「な、70って殿方ならともかく、ええっ!?」
『日ごろから運動を全くしませんし、何かある度に砂糖マシマシの紅茶とケーキを召し上がってはゴロゴロと昼寝をされているようですから』
私の頭の中でいま、ゴムまりのように膨れ上がったあの子の姿が思い浮かびました。
「で、でもそれならダイエットをすれば済む話では?」
『残念ながら。そんな糖分ばかりの生活では栄養が足りず、肌の張りや髪の艶は既にあなた以下です。
ふけも酷いし体臭も香水で隠さないといけないレベルですし、歯も虫歯だらけで扇子で口元を隠さないと笑う事すら出来ない有様です』
「そんなっ」
忙しすぎて子育てに時間を取れなかった弊害とでも言うのかしら。
というか乳母たちは何をしていたのかしらね。
後できつく問い詰めなくては。
でも、そうね。
私の老いと同じように娘も失われた美しさを取り戻すのはほぼ不可能でしょう。
「では、我が王家ではもう美しさを誇るのは諦めた方が良いのかしら」
『いえ、まだ策は残っています』
「あらどうすれば良いのかしら」
『新たに子供を作りましょう』
「……ああ、これから結婚する娘に期待するということね」
『いいえ違います。今の状態に何の疑問も持っていない王女では例え素質ある子供が生まれたとしても期待は出来ないでしょう。
ですから女王陛下。あなたが新しい子供を産めば良いのです』
「…………は?」
何を言い出すのかしらこの鏡は。
そんなこと無理に決まっているのに。
「もう夫も他界しているのに無理に決まっているでしょう」
『そうとも限りません。
女王陛下はまだ33歳。今から子作りに励めば来年には子供を授かれるので年齢的には間に合います』
「だから子作りの為の伴侶がいないのだけど?」
『なあに、もう15年も経っているのです。亡くなった国王に操を立てる必要も無いでしょう。
女王陛下が望めば大抵の殿方は喜んで寝室に足を運びますよ』
「既に美しさが失われたおばさんだと言ったのはあなたよ」
『外見の美しさは失われても内面の輝きはそれ以上に人を惹きつけてやみません。かく言う私も』
「え?」
『いえ、何でもありません』
何か、すごい失言が聞こえた気がしますが、まあいいでしょう。
それにしてもそうか。てっきり私の美しさは終わりを迎えて後は老婆となって国の土に還るだけかと思っていましたが、まだまだ私も捨てたものじゃないってことでしょうか。
ま、それは良いとして。
そろそろこの茶番も終わりにしましょうか。
「おいカガミ。鏡の向こうにいるのは分かっています。今すぐこちらに来なさい!」
『……』
「まさか気付かれていないとでも思っていたのかしら?
30数える間に来ないとあなたの秘密を城中に公表するわよ。
例えば女装が趣味で時々女中に成りすましていることとか、普段から女性ものの下着を履いていることとか、ほかにも」
『そ、それ以上はご勘弁を』
「分かったらさっさと来なさい」
『ですがこのような時間に女性の部屋に男が行くと言うのは』
「1、2、3、……」
『い、い、今すぐ伺いますので!』
鏡の向こうでバタバタと慌てて走る足音が聞こえてきた。
まったく昔は私にもっと淑女らしくお淑やかにしなさいと散々言い続けてきた3歳年上の執事の癖になんという無様かしら。
この鏡だって20年前に「これは魔法の鏡で23:00から30分だけ話しかけると答えてくれるのです」なんて言ってあなたが設置していったのですよ。
その日の夜には声の主があなただって分かっていたんですからね。
しかもこの鏡、マジックミラーになっていて向こうからこちらの姿は見えているので、あなたは毎日のように私の下着姿を眺めては自慰行為に耽っていたのも知っているのですよ?
それを知ったうえで見せ付けていた私も私ですけど。
でもそれも今日で終わりね。
コンコンッ
「遅いわ。もう32秒は経っているわよ」
「も、申し訳ございません。これまでの事も重ね重ね」
「いいえ許しません。罰として私が世界一美しい娘を産み育てるのを手伝いなさい」
「は、それはまさか」
「つべこべ言わずさっさと向こうのベッドに行く!」
これから世界一の娘を産むのだから、私はまだまだ引退は出来そうにないわね。