第46話:エースに圧勝する
というわけで、俺とナメリックの勝負が始まるわけだが……。
〔ダーリン、頑張ってー!〕
〔レイクっち~、マジがんば~!〕
「レイクさん! グランドビールのエースの力を見せてくれ!」
「ナメリックをぶっ倒せー!」
「今までの恨みを晴らしてくれー!」
意外なことに闘技場は大盛り上がりだった。
見渡す限り観客でいっぱいだ。
なんだかんだ言って、ノーザンシティの人たちは決闘だとか勝負だとかが好きなんだろう。
「さあ、ザコ虫! ここがお前の処刑場だ! どうだ、こんなに広い闘技場はグランドビールにねえだろ!?」
「ああ、確かに広いな」
闘技場はとても広くて頑丈そうだった。
壁や地面は深くえぐれているとこもあったりして、過酷な戦いが想像つく。
ノーザンシティの冒険者たちは、連日ここで訓練しているのかもしれないな。
そして、闘技場の隅には大きな木が植わっていた。
――ハハハ、まさかな……。
とある予感がしたがすぐに振り払う。
さすがに考え過ぎだろう。
「いいかぁ、ザコ虫。俺様はなぁ、あらゆる剣技をマスターしているんだ。俺様が潰した流派を教えてやるよ。極剣悪斬流、暴虐獄殲滅流、超悪残酷猛剣流……」
聞いてもないのに、ナメリックは剣の流派をつらつらと喋り始めた。
闘技場に集まった冒険者たちの緊張が伝わってくる。
ゴクッと唾を飲む音まで聞こえてきた。
どうやら、どれも名の知れた流派らしい。
みんなマジの顔だ。
だが、あいにくと俺はどれも知らなかった。
「おい、ザコ虫も剣を使うのかぁ?」
「あ、ああ、使わないこともないが……」
これまでも【悪霊の剣】が大活躍してきた。
「どうせ大したことない流派なんだろ? せっかくだから聞いといてやる」
「別に流派なんかねえよ。とりあえず斬る感じだな」
「無いのかよ!? ヒャハハハハ! とりあえず斬るだぁ!? それでよく冒険者が務まるぜ!」
【悪霊の剣】は斬っただけで即死だから、剣術がどうとか関係ないんだよな。
「いいか、ザコ虫。俺様はなぁ、このギルドの頂点なんだ。誰も俺様に敵わねえ。いつか世界を支配してやる」
「お、おう……」
しかし、こいつは良く喋るな。
「言っておくが、俺様はこの闘技場で負けたことは一度もない。いや、人間はおろかモンスターにさえ負けたことはねえ。もちろん、魔族にもなぁ」
ナメリックは剣を舐めながら睨んできた。
言っていることが事実ならそれはすごいことだ。
しかし、ソード舐めのせいで全然頭に入ってこない。
「そ、それは良かった」
「俺様に殺されても文句言うなよなぁ! いや、死んだら一言も話せねえか! 死んでんだからよ! ヒャハハハハハ!」
ナメリックは腹を抱えて大笑いしている。
どこがそんなに面白いのかね。
「さて、お前を切り刻む前に俺様の愛刀を見せてやろう。冥途の土産ってヤツだ」
ナメリックは涎まみれの剣を掲げた。
<魔剣アスモディアンソード>
ランク:S
能力:敵を倒す度に身体能力が5%ずつ向上していく
ふーん、こいつもSランクの武器を持っているのか。
なかなか便利なアイテムじゃないか。
と、そこで、俺はあることに気がついた。
――なんとなく変な感じがするな。
呪われた即死アイテムほどじゃないが、黒っぽいオーラが出ている。
特別な剣なのか?
まぁSランクだしな。
やがて、初老の冒険者が出てきた。
「私はノーザンシティの冒険者ジャッジと申します! 審判を務めさせていただきます! どうぞよろしく!」
ジャッジさんが声を張り上げると、闘技場はわあああ! と盛り上がった。
ナメリックはニヤニヤしながら俺を見ている。
そして、俺たちは所定の位置に着いた。
「では、始め!」
審判の合図で戦いが始まった。
「死んどけ、ザコ虫!」
いきなり、ナメリックはすごい勢いで斬りかかってきた。
だが、謎の動きをしている。
剣を振り上げたかと思うと突くような仕草をしたり、右手に持ってたのに左手に持ち替えたりしていた。
そのたびに涎が飛び散って、汚くて仕方がない。
――なにやってんだ、こいつ? なんでまた、そんなムダな動きを……あっ、フェイントか。
「おらああああ!」
結局、ナメリックソードは脳天直撃コースに落ち着いた。
ヤツには何のためらいもない。
マジで俺を殺す気らしい。
すかさず、俺は両手で剣を挟んだ。
「なっ……んだと! 俺の剣筋を見切ったのか……!? ありえないだろ……だって、俺は……」
ナメリックはぐぎぎ……と力を込めてくるが、全然強くない。
というか、俺は大した力も加えていないのだが。
こんなんで良くあんなことが言えたもんだ。
「ちくしょう! どうして動かないんだよ! てめえ、何しやがる!」
「何してるって、見りゃわかるだろ。剣を挟んでいるんだよ」
ちょっと力を込めると、ナメリックソードはバキッ! と折れてしまった。
「なっ……にっ……!?」
ナメリックはめっちゃ驚いている。
目を見開いて呆然と立ちすくんでいた。
ふぅ、やれやれ。
いや、ちょっと待て。
――思わず、こいつの剣折っちゃったけど……弁償とかしなくて大丈夫だよな?
金はたくさんあるが、ナメリックソード代なんか払いたくない。
これは決闘だから弁償とかはしなくていい。
しかし、こいつのことだ。
後から何を言ってくるかわからん。
「すまん。折るつもりはなかったんだ。力を入れたら……」
「はあ!? なんで折れるんだよ! Sランクのアイテムだぞ!」
ナメリックはイライラした様子で剣を地面に叩きつける。
ソードの残骸からは謎の黒いオーラも消えていた。
会場はどよめいている。
「おい、ナメリックの剣筋が見切られたぞ。こんなこと、今までで初めてじゃないか?」
「俺、レイクさんの動きなんか見えなかったよ。すごい反射神経だ」
「素手で剣を折っちまった」
どうやら、ナメリックが負けたことはないというのは本当らしい。
〔ダーリン、そのままぶっ飛ばしちゃってー!〕
〔レイクっちしか勝たんよ~!〕
またもや闘技場は歓声で包まれる。
しかし、俺は素直に喜べなかった。
なぜなら……。
――し、しまった。ナメリックの涎が……。
剣についていた涎のせいで、俺の両手がベタァ……ベタァ……している。
まるで、スライムを触ったときみたいだ。
ナメリックの涎は粘着性が強いらしい。
洗い流すのが大変だぞ、これは。
「な……なかなかやるじゃねえかよ。だが、まぁいいだろう。ザコ虫には、ちょうどいいハンデだな。でもなぁ、俺様は丸腰でも強いんだぜぇ?」
そう言うと、ナメリックは全身に魔力を込め始めた。
身体能力を上げているんだろう。
だが、俺はそれどころじゃなかった。
涎が汚くてしょうがない。
――闇魔法で手を洗いたいけど、どうしよう。この手で呪われた即死アイテムは触りたくないよな。
せっかくの呪われた即死アイテムが汚れたら生きていけない。
「ナメリック、ちょっと待ってくれ。手を洗いた……」
「待つわけねえだろ! ザコ虫が! 舐めてんのか!」
――いや、だから、お前がソード舐めをするせいでだな……。
ナメリックは思いっきり走ってきたかと思うと、俺の後ろに回り込んできた。
めっちゃ速く走っていたけど、俺の目にはしっかり映っていたんだわ。
一応、視界の端っこで捉えていたからな。
「もう一度言うけど、手を洗ってきていいか? お前の涎が……」
振り返ったとき、俺の肘がナメリックの脇腹に食い込んだ。
勢いで振り返ったから、結構思いっきり当たってしまった。
いや、そんなつもりはなかったんだ。
振り返ったらたまたま当たっただけでだな。
「こっ……!」
俺の頭を殴ろうとしたポーズで、ナメリックは吹っ飛ばされる。
そして、その先には……申し訳なさそうに生えていた木へぶつかった。
「ペギュラッ!! ポッケリッ!! パキクルゴッ!!」
ナメリックは謎の悲鳴を上げて動かなくなる。
ぐったりして動かないけど、たぶん大丈夫だろ。
だって、このギルドのエースだぞ。
負けたことはないって言ったし、体だって頑丈なはずだもんな。
とは言え、念のため確認する。
「お~い大丈夫かぁ~、ナメリック~?」
なんか、体が変な方向に曲がっているような……。
――ヤ、ヤベぇ! 勢い余って殺しちまったか!?
いくらナメリックがイヤな男でも殺人はまずいだろ。
冷や汗をかいていると、闘技場がザワザワしだした。
「おい、見たか? ナメリックが簡単に吹っ飛ばされたぞ」
「こ、こんな光景一度も見たことがない」
「というか、何だよあの悲鳴。モンスターでもあんな声は出さないだろ」
アハハハハ! という笑い声で、ナメリックが起き上がった。
俺は心底ホッとする。
「ちくしょうが……! ザコ虫、てめえだけは絶対にぶち殺してやるからな……! 今に見てろ、あいつに言って……」
ナメリックは何やらブツブツ言っていたが、歓声にかき消されてよく聞こえなかった。
「決闘はそこまで! 勝者……レイク・アスカーブ!」
ジャッジさんの宣言で、闘技場のボルテージはマックスになる。
〔ダーーリーン! 相変わらず最高よー!〕
〔レイクっち、バリイカしてるし~!〕
ミウもクリッサも笑顔で手を振っていた。
「「レーイーク! レーイーク! レーイーク!」」
あっという間に、闘技場は俺のコールでいっぱいになる。
そしてナメリックは、群衆に笑われながら悔しそうに出ていった。




