第1話:未知の力
1.未知の力
事の始まりは、三か月ほど前に起きた警察官殺害事件だ。
犠牲となったのは地域住民からの苦情電話を受け、とある新興宗教の調査を行っていた警察官4名。
4人は謎の魔法陣の上で殺害されており、遺体からは同時期に行方不明となっている警官ーー藤 大介の拳銃から発砲されたとみられる弾丸が発見された。これにより警察は藤 大介を重要参考人として全国に指名手配。メディアも現役警官による仲間殺しとして大いに騒ぎ立てていた。
だが藤 大介という警官は若手ながら高い検挙率を挙げており、海翔たちのような現場のノンキャリア組にとってはまさに希望の星ともいうべき存在だった。
より多くの人を救うため自ら危険に飛び込む正義感の強い男であり、全ての警官の模範となるような男。そして何より、大介は海翔の相棒であり親友だ。
そのため海翔たち現場の警官は警察本部とは別の意思で大介の捜索を開始。大介を救出すべく行動していた。
だが懸命な捜索もむなしく大介どころか例の新興宗教の情報すら一切見つからずに3ヶ月が経過したある日の夜、突然海翔の携帯に大介から連絡があった。内容は都内のとある建設途中のビルへ来てくれというもの。
その連絡を受けた海翔は信頼できる現場の警官を集めて現場に向かい、警察本部よりも先に大介を保護しようと考えた。
本部に身柄を拘束される前に大介を助けようとしての行動だったが、今思えばこの時本部にも連絡を入れて共に確保に向かえば、この結果は変わったのかもしれない。
海翔たちが指定された場所に到着すると黒いローブに身を包んだ一人の男がいた。
「大介か!? 助けに来たぞ! 一体何があった!?」
男にそう呼びかけた瞬間、海翔は違和感を覚える。何かがおかしい。それが周囲から聞こえる仲間の警官以外の足音によるものだと気付いた時にはもう遅かった。
「海翔、気をつけて。僕たち囲まれてるよ…!」
共に来た同期の1人である宮本 優二が強ばった声で警告をしたその数秒後、背格好の違う20人程の黒ローブの集団が海翔たち警官を取り囲むようにして姿を見せる。
とっさに拳銃を構える海翔に、最初にいた男がフードを脱ぎながら声をかけた。
「海翔なら来てくれると思っていたよ。お前は他人を救うために全力を尽くす、俺と同じタイプだ」
この落ち着いた声を海翔は間違えるはずがない。だがその顔は海翔の知るものより若く、まるで高校生のような顔つきだった。
「大介…だよな? こいつらは誰だ!? 一体どういう状況なんだ!?」
「彼らは俺と目的を同じくする同志だよ。より多くの民を救うために命を懸けて戦う戦士でもある」
「何わけわかんねぇこと言ってんだよ! こいつら四人を殺した例の新興宗教のやつらだろ!? なんで一緒にいるんだよ! 早くこっちに来い!」
意味深なことを言う大介に海翔は苛立ちながら呼びかける。一緒にいるほかの警官たちも大介への不信感が強まり、徐々にざわつき始めていた。
(みんなに不安が広がってる。このままじゃまずいな…。)
そう判断した海翔は後輩の女性警官ーー雪白 玲奈に本部から応援を要請するように隠れて指示を出す。応援が到着すればこの人数相手でもなんとか制圧ができるはずだ。
海翔はそれまで会話を繋ぎ、可能な限りの情報を得るように努めればいい。
そうして海翔が必死に思考を巡らしていると、それを見ていた大介が静かに口を開く。
「一緒に来るのは海翔、君のほうだよ。俺たちの世界を救うためにどうか一緒に戦ってくれないか?」
そう言ってこちらへ手を伸ばす大介を見て海翔はさらに困惑する。
(こいつは一体何を言っているんだ…? いや、そもそもこいつは本当に俺の知っている藤 大介なのか?)
「そうだよ。俺は君の知っている藤大介に他ならない。久々に向こうに戻ったことで多少見た目は変わってしまったが、もうしばらく経ったら戻るだろう。安心しろ。お前も向こうに行ったら恐らく同じような見た目になるさ」
まるで思考を読んだかのような大介の言葉に海翔の体が固まる。
(俺、今声に出してたか…? それともまさか本当に…)
「ああ。これが俺のアーツの力だ。だから例えば、おまえがそこにいる雪白ちゃんの事が好きなのも知ってるし、それに…」
「なあ、そろそろ始めていいだろ? どうせここで説明してもこいつらには理解できねえし、俺たちがやることも変わらねえ。そうだろ? 団長」
しびれを切らした黒ローブの1人である大柄な男が大介の言葉を遮る。
(アーツ、団長、そして向こうとは一体どこの事だ?もう少し情報が欲しかったがこの辺りが潮時か…)
本部が到着するまで恐らくまだ20分程必要だろう。時間稼ぎが失敗した事に海翔は歯軋りをするが、それよりも今は奴らが何をするつもりなのかに集中しなければならない。
部下らしき大柄な男の言葉を受けた大介は軽くため息をついて答える。
「そうだね。あまりのんびりしてると雪白ちゃんが呼んだ応援が到着する。仕方ない、始めようか」
それを聞いた海翔は警官たちに警戒するよう呼びかけるが、それと同時に黒ローブ達がこちらに手を伸ばし謎の呪文を唱える。
その直後、その掌に巨大な火球が生成され、こちらへと発射された。
大介とその部下らしき黒ローブ達が海翔たち警官部隊を制圧するまで、おそらく10分と掛からなかっただろう。
意図的に避けられたのか、海翔に目立った外傷は無くたまたまその近くにいた優二と玲奈も無事だった。しかし直接攻撃を受けた者は皆微かな呻き声を上げるだけで、その多くはもう助からないだろう事が見てとれる。
海翔達にはもう反撃はおろか仲間の救助に走る気力すらも無く、ただ仲間たちが死に向かうのを見つめるしかできない。
それ程までに絶望的な戦力差がそこには存在した。
「俺が姿を消したあの日、4人の警官の遺体があったのを覚えているか? あれは、向こうへのゲートを開くために必要だったんだ」
かつての仲間たちを傷つけておきながら、大介は表情ひとつ変えることなく海翔に語りかける。
「お前たちの人数は12人。海翔や他数人を向こうに送るだけなら十分過ぎる数だな。助かるよ。・・・それじゃあ、メインイベント始めようか」
そう言うと数人の黒ローブがこちらを囲んで呪文を唱える。それと同時に地面が淡く発光し始め、その光が海翔達を包みこむ。
「藤先輩! なんでこんな事を!? いや! 助けてくださいっ!!」
自分たちが何をされるのか分からず玲奈はひたすら泣き叫んでいた。
玲奈は大介の事が好きだという噂を海翔は聞いたことがある。それはおそらく大介本人も知っている筈だ。
それなのに大介は玲奈の必死の懇願をつまらなさそうに一瞥すると、すぐに背中を向けて立ち去ろうとする。
しかしそこでふと、大介は何か思い出したように足を止めた。
「ああ、そうだ。最後にこれだけは伝えておかないとな」
そう言うと翻ってこちらを向き、纏っていた黒のローブを脱ぎ捨てる。その下には、自らの尾を飲み込む蛇ーーウロボロスと呼ばれるものの紋章の描かれた、見たことのないデザインの制服を纏っていた。
「俺達は“蛇”。再生のために全てを喰らう正義の使者だ。もしお前が無事に向こうに辿り着けたならいつか再開する事になるだろう。その時こそは、お前の答えを聞かせてくれ」
かつて相棒として行動していた時と変わらぬ大介のその穏やかな口調がかえって、もうあの頃とは違うのだと痛感させる。それでも海翔は叫ばざるを得なかった。
「大介! 俺はこんなのを正義とは認めない! いつかお前に全ての罪を償わせてやる。それまでそこで待ってろ!」
遠くに応援の到着を知らせるサイレンが聞こえる。しかし海翔達を包む光は無慈悲にもその強さを増し、3人の意識を刈り取っていった。
最後に大介が何か呟いていたようだが、その言葉は海翔の耳には届かなかった。




