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発現

「………………魔王」


 エスタールが硬い声音で呟いた。計らずもその声でフィエルンは動くことができた。


「リシャ様を地下シェルターへ避難させて、早く!」


 手で涙を拭い、茫然としていた女官達に叫ぶと、足をもつれさせるようにしながらも彼女達が王女を抱えた。


「ウソ、嫌、嫌よ」


 国が滅ぶのを目にした幼い王女は、酷く動揺して泣きじゃくっている。悲痛な声が離れて小さくなっていく。

 深く傷付いただろう。


 見送るフィエルンの胸も痛んだ。


「フィエルン、君も…………っ!?」


 エスタールの剣が鞘走り、彼女はそちらを向いて息を呑んだ。


 かなり離れた城塞にいた者が、いつの間にかテラスの手すりよりやや高い位置にいた。しかもそこは、地上から四階の高さの空中に立っていたのだった。


 肩につかない短さの黒蒼の髪。均整のとれた長身に襟元を開けた黒衣を無造作に纏い、薄く開いた瞼から銀の瞳が覗く。


「フィエルン早く逃げろ!!」


 たった一人、エスタールは怖じ気を見せずに聖剣を魔王へと向けていた。


「許さない!よくも我が国を」


 目で追えないほどの速さで、エスタールの剣が魔王に襲い掛かる。


「許さない?」


 微動だにせず魔王が言葉を反芻する。剣は見えない壁に当たったようにその肉体に届かない。


「ぐ……………!」


 そのまま力を込めて押し込もうとするエスタールのことなど気に止める様子もなく、魔王は美しい染み入るような声で同じ言葉を繰り返す。


「許さない…………許さない…………」


 一度引いたエスタールが、再び振りかざす。


「エスタール、ダメ!」

「許さない」


 フィエルンが叫んだ途端、彼の体は弾かれたように宙を飛び、建物の壁へとめり込んでいた。


「がはっ」

「ああ!」


 悲鳴を上げて駆け寄ると、背中を強打した彼は意識が混濁していた。


「エス………エスタール!」


 助け起こそうと彼の両腕に触れた直後、彼女の手を振りほどくようにして額から血を流したエスタールの身体はずるずると前に引き摺られるように動いた。まるで見えない糸に操られたマリオネットだ。


 手すりに足先を掛けた魔王の横に、気絶したエスタールが浮かぶ。


「何…………を?」


 表情らしきものを浮かべなかった魔王が、その整った顔を微かに歪めた。


「う………」


 意識を取り戻したエスタールが呻いた。魔王は自らの指先を彼の首に向けた。


「や、やめて…………やめて!」


 何をするか嫌でも分かった。全身が冷や水を浴びたように凍る心持ちで、フィエルンは必死に叫んだ。


 エスタールが動けない身体の代わりに、彼女へ視線だけを向けた。我が身を省みずに声を絞り出した。


「にげ、ろ…………フィエ、ルン」

「エスタール!」


 つっ、と彼の首に赤い筋が湧いた。

 目にした瞬間、身体中の血が粟立ち爆発する感覚が彼女に起こった。


「やめてえ!!」


 伸ばした右手の平に金色の円環が浮かび上がる。複雑な公式と本来は唱えるべき神聖文字が編まれた糸のように円環の中を彩り、2重3重と環は生まれ数を増やして遂には眩い光にしか見えなくなった。

 それはエスタールの首が飛ぶよりも速く、魔王の身体を地に叩き伏せた。


 黄金の光を帯びたフィエルンは、不可思議な力でエスタールを引き寄せると、首の傷に手をかざした。


「フィエルン、君は…………」


 光が彼の全身を包み、やがて消えた時にはエスタールの身体中の傷は跡形もなく消えていた。


「休んで」


 彼女が優しく声を掛けると、急に強い眠気がエスタールの思考を抗えないものにした。

 グラリと脱力した彼を床に寝かせ、フィエルンは手すりの欠けた所から見下ろした。


 土煙の舞う庭園だった場所に、魔王は何事もなく立っている。彼もまたフィエルンを見上げていた。


「シュヴァイツ!」


 フィエルンが名を叫んだ。

 魔王が目を見開き、そして彼女の声を染み渡らせるように一度瞼を閉じた。
















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