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予感

 その日、王宮内はいつもより落ち着かない雰囲気だった。この国より北に位置する他国から急遽特使が来ているということで、フィエルンの授業は途中で中断され自室に戻る途中だった。


 雨が降るのだろうか。雲が厚く空を覆っていた。


「最近、魔物の出現が増えてきているそうよ」

「私も聞いたわ、ベルンの町中にも出たって」


 柱の陰で女官達が会話する内容に、教科書を抱えたフィエルンは足を止めた。


「今までは辺境しか現れなかったのに心配だわ」

「また第二王子様が討伐に行かれるのかしら?」


 第三次討伐が終わってから、まだ一ヶ月も経っていない。さすがに早すぎる。魔物がそれだけ活性化しているということだろうか。そうだとしたら何かきっかけがあったのでは?

 そこまで考えたフィエルンは、指先がひやりと冷たくなるのを感じた。


「ねえ、もしかして魔王が復活したんじゃないの」


 ビクッと身体を揺らしたフィエルンに女官達がようやく気付いた。


「フィエルン様!あ、失礼致します」


 彼女達がそそくさと立ち去る。

 ドクンドクンと心臓が波打ち、フィエルンは耐え難く柱に凭れた。


 どこか他人事のように思っていた自分が恥ずかしかった。王宮で守られるようにして暮らしてきたせいだろうか。魔王が現れた時には一体誰が戦うのか失念していた。

 魔物はエスタールやその精鋭のような武勇に優れた人間でも倒せる。彼らに任せて今まで自分は戦場にも立っていない。でも魔王は聖女の力でしか倒せないという。


「……………魔王」


 気のせいだと思いたかったが、夢や記憶の断片が急に現れ始めたことは関連があるのかもしれない。

 今世の『私』が戦うことになるなら、どうしたらいいのだろう?

 勝てる以前に、対等に渡り合うことすら敵わない。


「フィエルン!」


 ひどく焦ったようなエスタールの声に、思いに耽っていたフィエルンは驚いて顔を上げた。


「エスタール?」

「そこか」


 身を滑らすようにして素早く駆けて来た彼は、彼女の手を両手で握った。


「どうしたの?」

「父上……………皇帝陛下が君を呼んでいる。フィエルン、私は」

「何があったの?」


 今まで見たこともないほどに苦しそうな顔をしていた。


「君を、必ず守るから。私の命を賭けても…………どうか信じて欲しい」


「エスタール、離れろ」


 彼の背後で冷たい声がして、エスタールはフィエルンを背中に庇うようにして立ちはだかった。兵を従えた皇太子ハリアードがこちらへやって来るところだった。


「待って下さい、兄上」

「聖女を連れていくのだ」


 ハリアードが弟を無視して、伴う兵に命じる。腕を掴もうとする兵をエスタールが振り払う。


「やめろ!フィエルンに触るな」

「エスタール」


 近付こうとする兵に怒鳴り興奮している彼の態度に、事態の深刻さを感じたフィエルンは皇太子へ目を向けた。


「教えて下さい、何があったのですか?」

「そなたの力が必要になった」


 冷ややかな短い言葉。その意味を理解した彼女は抱えていた教科書を落とすと、震える腕を片手で押さえるようにして歯を食い縛った。


「今までそなたが恵まれた生活を享受できたのは何の為だ?」


 無能な彼女を、皇太子は昔から蔑んできた。それなのに今必要だと言う。試して敵わなければ捨てると暗に言っている。


「わかりました」

「フィエルン!」


 悲痛さを滲ませたエスタールに、ぎこちなく微笑んでみせた。


「大丈夫。私は聖女だから…………きっと大丈夫」


 他国の特使達は、聖女に縋る為に来たのだった。一ヶ月前の夜、北にある三国が滅んだという。闇に浮かんだ滅びの炎は、特使を送った近隣国の夜空をも照らしていたという。






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