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婚約者

 もしも私が本当にテネシアの生まれ変わりだとするならば、あの夢は前世の記憶だろうと思う。顔も覚えていないけれど『私』は『私』の身体を抱えていた彼の名を呼んだ。

 その彼は、もしかしたら魔王かもしれない。そして私は彼の名を知っている。

 なんとなくそんな気がした。いや確信めいているといっていい。


 でも、あの光景は争いとはかけ離れていた。何というか……………


「お姉さま!」


 小さな女の子が飛び付いてきて、回廊を護衛と共に歩いていたフィエルンは我に帰った。


「王女様」


 檸檬色の髪に煉瓦色の瞳の快活そうな少女を抱き止め、フィエルンは視線を合わせる為に屈んだ。きらきらした瞳を覗くと、歴史の教師の自分に対する疑わしげな態度に対する不快感も薄らいで優しい気持ちになる。


「王女様じゃなくて、リシャって呼んで」

「あ、そうでした」

「お兄様のことは名前で呼ぶのに」

「ごめんなさい、リシャ様」


 10歳になる末の姫リシャリーニは、フィエルンを姉と呼んで懐いてくれていた。


「リシャ様、お勉強は終わりましたか?」

「姉様こそ、終わったの?」

「う、いえ、休憩を挟んで教養と神学と力の実践と剣の稽古と…………」


 座学は好きなほうだ。だが聖女の力を使えない彼女は、力を発揮する実践は失敗続きのまま。補う為にと剣も学ばされていたが一通り型はマスターしたが、対戦稽古では連敗していた。聖女の力を教える者がいないこと、剣は筋力と体力が並の女性ぐらいしかないことが大きい。


「お姉様にこんなに勉強を押し付けて、お父様も酷いわ。私が減らすように頼んでみる」

「いけません、姫」


 口を開こうとすると、控えていた護衛の男が間に入った。


「学ぶ量が多いのは、フィエルン様の御身を守る為もあるのです」

「そうですよ、リシャ様」


 義務なのだと思っている。

 平民で病弱で働くこともままならなかった両親と貧しい暮らしをしていた。この国に金銭的に救われたのは、彼女が聖女の生まれ変わりとして義務を果たすことが条件だ。はっきりそう言われたことはないが、自分に接する周りの態度を見たら嫌でも理解できる。


「でもっ、でも魔王なんてもういないのに」

「いつ復活するかは誰にも分かりません」


 聖女との相討ちで消滅したという魔王。人ならざる彼は闇の神の分身。人の世がある限り、いつかは再び復活すると言う。

 それがフィエルンが生きる時代なのか、その先の転生した時代なのかは分からないが、一説にはこの世に聖女が存在する時に、今後は魔王も現れるともいわれる。

 前回は500年前に現れた魔王から400年近くずれて聖女は誕生したが、もしかしたら我々がテネシア以外知らないだけで、その前にも幾人かの聖女が存在して魔王と戦っていたのかもしれないと王宮でフィエルンは学んだ。魔王により高度文明が衰退した混乱期において、はっきりとした記録が消されたというのが有力な説だ。


 護衛をちらりと見ると、彼は申し訳なさそうに目を下げた。

 頬を膨らませている王女は、フィエルンを聖女としてではなく姉として見てくれている。王女の兄もそうだが、それが支えとなり息苦しい王宮でも暮らせている。


「私は大丈夫です。勉強は難しいこともありますが楽しいですよ。ありがとうございます、心配してくれたのですね」

「うん」


 まだ小さな手をそっと握ると、フィエルンは微笑んでみせた。


「ところでリシャ様、まだ次の授業まで時間があるのでお茶にしませんか?」

「あ、私も誘おうかと思っていたの。庭園にすぐに用意させるから行きましょう」

「はい」


 彼女に見とれていた王女が思い出したように返して、手を引いた時、入城の鐘の音が響いた。


「王女様、フィエルン様。第二王子エスタール殿下の御帰還でございます」


 女官が急いで伝えに来てくれて、二人は顔を見合せた。


「お兄様が………早く行きましょう、お姉様!」


 王女がドレスの裾を持って駆け出し、フィエルンも後を早足で付いていった。

 この時ばかりは、誰もはしたないとは諌めなかった。


 城門を入った広場に、馬を下りた兵団が到着していた。司令官であるエスタールが兜を外し、国王の前に膝を折っている。


「第三次討伐軍、帰還致しました」

「ご苦労だった。よくぞ任を果たした。詳しい報告は後で聞こう。さあまずは皆ゆっくり休息するのだ」

「はっ」


 広場の片隅からそれを見ていた二人に気付き、兵団を解散させたエスタールの方から近付いてきた。


「フィエルン!」

「きゃ」


 ガバッと勢いよく抱きしめられ、フィエルンは驚いて小さく悲鳴を上げた。


「もうお兄様!」

「フィエルン…………ああ、ごめん」


 妹に咎められ、エスタールは固まっている彼女から少しだけ身を離した。


「元気だったか?兄上に苛められたりしなかったか?」

「大丈夫です。エスタールこそ怪我は?」


 覆われた鎧であまり分からないが、彼の頭から爪先までを見ると左肘に軽く包帯が巻かれていて、フィエルンは思わずその腕に指を添えた。


「たいしたことはない。フィエルン…………会いたかったよ」


 辺境に棲息する魔物を倒すために今年で三回目の討伐軍。今回は長く、2ヶ月を費やしていた。光の神から授かったといわれる王家の宝剣。それを扱い、戦いに長けた彼でも今回は苦戦したのだろうか。


 妹と同じ色彩をしたエスタールは、フィエルンの肩に手を置き本当に嬉しそうにする。


「エスタール、無事で良かった」


 私が戦えたら、彼らを危険な目に遇わせないのに。いつもそう思うのに何もできないのが辛い。


「お兄様、私には何も言わないのね」

「ああ、リシャ。ヤキモチ焼いてるのか」

「違います」


 彼が、よしよしと妹の頭を撫でると、まんざらでもないようでリシャはじっとしていた。


「早く結婚したらいいのに。そうしたらもっと一緒にいられるのに、誰も何も言わないのに」


 微笑ましくて眺めていたら、リシャが呟いた。


「ああ、そうだね。私も、いつもそう思っている」


 エスタールが頷き、フィエルンの肩を片手で引き寄せた。


「秋の結婚式まで長く感じる。愛している、フィエルン」


 エスタールの力になりたい。その為にも『聖女』との婚姻が彼に有利に働くなら、フィエルンが拒む理由はなかった。

 むしろ、こんな無能な自分を望んでくれたのだ。愛を示してくれる。


「エスタール、私も…………」


 喉が急に詰まったようになって、言葉は続かなかった。


『くだらない…………そんなものを愛だと信じているのか』


 嘲笑する男の声が、フィエルンの記憶の中で浮かんで消えた。

















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