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君はテネシアじゃない

「フィエルン······フィエルン!」

「あ····」


 目を開けると、心配そうにしているエスタールがいた。絶え間ない小さな振動に飛空挺に乗っていることを思い出す。


「起こしても、なかなか目を覚まさなくて心配したよ。体調でも悪いのか?」

「ううん、大丈夫」


 船窓には灰色の厚い雲が幾つも流れていくのが見える。飛空挺に乗って二日。次に魔王が襲う場所まで今日中に着く予定だった。


「天気は悪いが今は昼前だ」


 彼女の視線を追ったエスタールが知らせてくれる。


「そうなの?!」


 時間が経っていることに驚き起き上がろうとすると、くらりと眩暈がして目元を押さえた。


「フィエルン!」

「ん····」


 夢の余韻が後を引く。鮮明すぎた過去の出来事に、今が現実なのか夢なのか境界が曖昧だ。


「長い夢を見てたわ。あの人、表情出ないのに子供みたいなことを····言って」

「あの人?」

「な、何でもないの」


 彼の前で話すことではないのに。

 エスタールが沈黙してこちらを見ていることが気まずくて、フィエルンは下を向いた。

 未だに胸を焦がす甘い夢の残滓に、気持ちがフワフワしているせいだ。


 これから行くビジェット地方は昔小さな国だったが、魔王に滅ぼされて以来大国に吸収されて小さな町が点在しているに過ぎない。

 だがそこで彼は、フィエルンから会いに来るのを待っているだろう。

 拒絶したくせに今更会いに行くなど矛盾しているが、記憶を取り戻したフィエルンにとって必要不可欠なことだった。


「また魔王とテネシアの記憶を見たんだね?」

「うん·····支度をするわね」


 エスタールの問いに我に帰った彼女は逸らすように寝台から下りた。


「ああ、フィエルン。その前に1つ聞いてもいいかな?」

「何?」


 避難や戦闘用に使用される飛空挺は、通常は長距離の移動や物資の移送に使われていたので簡易ながらも宿泊用の小部屋が幾つかあり、彼女は一室を借りていた。尤も本来の用途は、魔王との戦いにおいて聖女の移動手段の弱点を補う為に開発されたそうだから、その役目に適ったというところか。

 今回は聖女を送り届ける目的のこの船には、操縦の為に必要なごく少人数しか乗っていない。


「私に何か話していないことがあるんじゃないか?」

「え」

「君は魔王を阻止して直ぐに戻ると言ったけれど、本当にそうなのか?」


 乱れた銀髪を背に流す手を止めたフィエルンを、エスタールはじっと見つめていた。


「ええ、勿論よ」

「·····そうか、分かったよ」


 部屋を出て行く彼を見て、服の裾を握りしめる。

 巻き添えにすることはできないから、これでいい。あとで恨まれてもエスタールが無事なことが優先だから。


 支度を終え甲板に出ようとしたら、グラリと傾きを感じて壁に手をついた。


「な、何?」


 壁を伝いながら甲板に出ると、空の景色が大きく横に回っている。飛空挺が転回して針路を変えているのだ。


「どうして?」

「私が指示したんだ」


 甲板の手摺に腕を掛けたエスタールが、フィエルンが近付くと振り返った。


「どこへ行くの?何故?」

「君を魔王の元へは行かせられない」


 冷ややかに言い放ち、彼はフィエルンの手を握った。


「私に隠していることがあるんだろう?もしかしたら君に危険が及ぶようなことでもあるのか?」

「エスタール」

「私に気を使うのはやめてくれ。小さい頃から一緒にいたんだ。君が嘘や隠し事が下手なのは知っている」


 何か言わなければと思ったが、固い表情の彼に言葉に詰まった。


「······死ぬ気なのか?」


 何度も首を振るが、泣き笑いのような顔では彼が信じる訳がない。


「このまま国に帰ろう。まだ大変なようだが、君と住むぐらい十分なはずだ」

「だ、ダメよ。そんなことしてもきっと····」


 何も変わらない。時間の問題に過ぎないし、むしろエスタールが危険だ。


「君の命を守るなら、どうなったって構わない!どうしてわからないんだ!」


 強くフィエルンの両肩を掴み、エスタールが叫んだ。


「君は聖女の前にフィエルンだ!テネシアじゃないし、他の名でもない!フィエルンという女の子だ」


 この人の想いに何を返したらいいのか。


 今世で『フィエルン』を見てくれる唯一の人。フィエルンを聖女としてではなく1人の女性として扱い守ろうと傍にいてくれた大切な人。


 深い感謝の念が心を満たした。


「フィエルン、聖女としてではなく君の生き方をして欲しいんだ」












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