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約束

「逃げる気か」

「何を言っているの····これはどうやったら開くかしら」


 魔王の領域に設えた部屋は、1軒の平屋ほどの広さがあった。テネシアはその領域の端、見えない壁に手を当てたり、コンコンと叩いてみたりしている。


「ここを出る気なのだろう。俺は逃げたら許さないと言ったはずだ」


 背後から伸びた両手は、テネシアを挟むようにして壁に付いた。


「許さないって、じゃあどうするの?今更私を殺す気ではないでしょう」


 小さく溜息をついて振り返った彼女の鼻先ほどの近さに、シュヴァイツの顔があった。


「やりようはいくらでもある」

「っ····」


 グイッと顎を掴まれたテネシアは、彼の眼差しに淫靡なものを感じて慌てて振り払った。


「もう!逃げたりしないから!少しだけ神殿に戻るだけだから。ほら、前に言ったでしょう?私達のことを記録に残しておいてもらおうって。私が次に生まれ変わった時、間違ってあなたと戦うことのないように覚えておく必要があるから」

「まるで忘れてしまうような言い方だな」


 不快そうな彼をテネシアは困ったように見上げた。


「不安なのよ。人は変わっていく生き物だから·····私はあなたが殺さなくてもいつか死ぬだろうし、いつ生まれ変わるのかも分からない。姿も性格も変わってしまうだろうから、再びあなたに出会った時どう思うか」


 シュヴァイツの胸に自分から身体を預けると、腰に腕が回された。


「俺はお前が今ここにいるだけでいい」


 飾り気も気の利いた言葉も使わない。純粋とも感じるゆえに、彼の気持ちはテネシアを揺さぶる。戦わないと決めた日から惹かれていったのは必然だったのか。


「そうね、私もずっとそうだったらいいと思う」

「もしお前が変わってしまっても、俺が分からないはずがない」


 首元に掛かるシュヴァイツの黒蒼の髪を撫でる。

 彼の人間のような仕草や感情表現は常にテネシアにだけ向けられていた。執着だけでは説明できない何かに彼は支配されているようだった。得体の知れないそれを何と呼ぶか。

 当事者である魔王は、はっきりと理解していないようなのに向けられたテネシアには自覚があった。


「私もよ。どんなことがあっても、あなたのことは分かるわ」


 シュヴァイツを大切に思うから、『魔王』としての彼を解放したい。神々から縛られた生ではなく、枷の無い自由な魂でいて欲しい。


 宥めた末に、領域から出ることができたテネシアは光の神殿で育ての親の神官長と会った。年老いた彼は、テネシアが魔王と戦って死んだとばかり思っていたので涙を流して喜んだ。

 しかし包み隠さず全てを打ち明けられると、驚きと怒りで膝に置いた拳を震わせていた。


「まさか本気ではないのでしょう?!」

「こんなこと冗談で言うとでも?私は本気ですよ」


 近くに控えて彼女の話を書き留めていた神官もペンを止めて青い顔をしている。だが聖女の言ったことを記録する重要性は理解しているだろう。


「期待に添えられず申し訳ありません。ですが私はテネシアとしての残りの年月、魔王と生きることに決めたのです」


 それだけ告げると、神官長の呼び止める声を聞き流して神殿を後にした。途中引き止める為に追い掛けて来る者もいたが、聖女を捕まえることなどできるはずがない。


「テネシア様!お待ちください!」


 赤岩の外に降り立つと、追っ手を振り向くことなく彼を呼んだ。


「シュヴァイツ」


 瞬時に闇がテネシアを囲み、目の前には魔王が立っていた。


「ほら、ちゃんと呼んだわ」

「当然だ」


 抱き上げられ、彼の首に腕を絡め顔を寄せる。


「帰りましょう」


 目を閉じるとホッと息をついた。慣れてしまったらしく、今はシュヴァイツを彩る闇さえ心地良い。


 聖女なんて聞いて呆れるわ。


「ねえ、シュヴァイツ」

「どうした?」

「·····愛してる」


 シュヴァイツは黙ったまま、テネシアを抱く手に力を込める。

 まだ理解するには難しいのだろう。こんなにも行動で示しておきながら。


 それが可笑しくて、テネシアはつい笑ってしまった。

















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