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闇より出づるもの

 フィエルンは、前世での魔王の行動を思い出していた。まず三つの国を一夜にして滅ぼし、次に少し時間を空けて一国を。今も国こそ違え同じことをしている。

 聖女ならそのことに気付くと考えたから、炙り出す目的だったのだろう。

 しかし彼の行いは許されることではない。


 シュヴァイツ、あなたは変わっていない。

 自分と関わりの無い人間の命は、いくらでも奪う。それが闇の神の分身としての性質だから、テネシアも彼の傍にいながら苦慮したものだった。彼の所業を止めるのは、いつも彼女の役目だった。


 命を大切なものだと理解できない癖に、聖女との戦いで彼女の命を奪うことに躊躇し出したのはいつからだったか?

 聖女が魔王に勝ち続けるようになったのはテネシアの代より二代ほど前だったはず。


  「なぜ私がいいの?」と、いつか聞いた時、シュヴァイツは「お前ほど俺を理解できる者はいないから」と答えた。

 確かにそうだろう。私達は長い間ずっと互いを見てきたのだから。


 だからフィエルンには、次に彼が手を下す場所も、いつ頃かも見当がついていた。

 会って話さなければ目的は達成されない。


 自室で考えに耽っていると、戸を叩く音がした。


「フィエルン様、少しよろしいでしょうか?」

「ジェスさん?」


 扉を開けたジェスが小さな盆を手に入って来た。


「お疲れかと思い、身体に良い薬草茶をお持ちしました」

「お気遣いありがとうございます」


 フィエルンがソファーに座ると、ジェスは杯を差し出した。杯を満たす濃い緑の茶を見ると、ズキリと頭痛がした。


「魔王に会いに行くと聞きました。また戦うのですか?」

「わかりません。ですが話をしなければならないのです」

「話?」

「はい」


 詳しいことは、ローネンシアにしか言っていない。エスタールにさえ打ち明けていない。話せば、きっと悲しませてしまうだろう。


 その気持ちに答えられない酷い女。嫌われても仕方ないのに、彼は自分を突き放さないのだ。テネシアの記憶を持つからといって、フィエルンは彼女になったわけではない。それでも長く培った想いだけは変えられない。既に迷ったり打ち消す時は過ぎ、結晶のように固まった残滓は聖女の魂にこびりついて離れない。


「ちゃんと彼に伝えないといけないんです」

「·····」


 ゆっくりと杯に口を付ける彼女を、ジェスは立ったまま見ていた。


「何もしなければ知らないつもりでいたのに」

「フィエルン様?」


 飲むことなく立ち上がったフィエルンは、手から杯を落とした。濃緑の液体が床に広がった。


「私を殺した毒で、また私を殺そうとするなんて、そんなに私が憎いの···メネヴェ」


 ジェスがフラフラと左右に揺れ、その背から剥がれるように女が姿を現した。フィエルンが倒れたジェスをチラリと見ると、意識がないだけで息がある。おそらく憑依していたのだろう。


「思い出したようね」

「ええ、全部」


 飛空挺の砲撃で飛散した身体は元通りに、フィエルンを殺意の籠る赤い瞳で睨む女の魔物。テネシアは、彼女を知っていた。

 かつて魔王は自らの力を分け与えた上位の魔物を近くに置いていた。何人もいた中で、メネヴェは特にテネシアと親しかった。いや、近づいてきたと言った方が正しい。


 テネシアが、与えた毒を誤って呑むぐらい気を許すように。

 即死に近かった。

 外的な攻撃には強くても、人間の体内は侵入してきた毒に抗えなかった。


 何も言葉を紡げずに僅かな時、彼を見ているしかできなかった。朦朧とした意識で、彼に殺されたのかとも誤解したのだ。でもあんな状態の魔王を見れば、有り得ないことだ。



「私が死ぬ時、あなたはシュヴァイツに何を言ったの?」


 くつくつと喉を鳴らしてメネヴェは笑う。


「自分で毒を煽ったと言ったのさ」





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