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終わらせたい

「君を試すような真似をして悪かった。嫌だった?」


 抱き締めていた腕を緩めエスタールが謝ると、フィエルンはゆるゆると首を振った。


「ううん。ごめんなさい。私…………」

「謝らなくていい。振られたみたいで余計気が重くなるから」

「エスタール」

「冗談だ。私はフィエルンの気持ちを信じているよ」


 そう言う彼を見上げていたフィエルンは、自分の胸に拳を押し当てるようにする。


「凄く怖いの。私という存在がテネシアの記憶で塗り替えられてしまうようで、私が私じゃなくなる気がする」

「君はフィエルンだ。君がどんな記憶を持とうが、君が変わるわけじゃない」


 エスタールの慰めは、シュヴァイツの言葉と似て非なるものだった。「どんなに姿形が変わろうがお前はお前だ」と宣告されたことが深く胸に突き刺さっている。


 ふと隣にいるエスタールが大きく溜め息をついた。


「エスタール?」

「だめだな、私は」


 彼は苦笑して手で顔を隠した。


「平気なふりしているけど、本当は凄く焦っているし嫉妬しているんだ」

「え?」

「私を消そうと躍起になった誰かと変わらないさ。フィエルンを渡したくないから愚かなことをしてしまうのは同じだ。ああ、なんだってあんな奴をテネシアは好きだったんだ?あんなの外見だけだろ」


 子供のように不貞腐れる彼を、目を丸くして見ていたフィエルンはクスッと笑った。


「そうよね、エスタールの方がずっと優しくて素敵だもの」

「彼女よりフィエルンの方が見る目あるしね」


 ひとしきり笑って、フィエルンは彼の肩に額を寄せた。

 この人は私には勿体無いぐらいだ。幸せになって欲しいと心から願う。


「ありがとう」




 一週間後、フィエルンは神官長の部屋を訪れていた。


「お呼び立てして申し訳ありません。本来なら私が出向かねばならぬ立場なのに」

「いえ、気になさらないで下さい。それより身体は大丈夫なのですか?」

「はい。休息を取り、だいぶ良くなりましたよ」


 事故の後、ローネンシアは治癒したとはいえ怪我の衝撃と後始末の忙しさで疲労を重ねて休んでいた。


 寝台に上半身を起こしたローネンシアはフィエルンを側の椅子に招き、しげしげとその顔を見つめた。


「私が思い描いていた通り可愛らしい方」

「聖女が常に持っていた黄金の髪や瞳は失いましたが」

「関係ありません」


 温かい母親のようだと、フィエルンは思った。代々の神官長の中には、聖女を畏れるあまり遠ざける者や意のままに操ろうとする邪な者もいた。だが大半の者は聖女を実の子のように慈しんでくれた。

 この人も信用できる方だ。

 嫌というほど人の裏表を見てきた記憶のある彼女だから、信頼できるかどうか判断することも容易かった。


 しばらく王宮での生活のことなどを聞いてきたローネンシアだったが、やがて真摯な眼差しで彼女へ問うた。


「これからどうしますか?」


 フィエルンは、ぐっと唇を噛み締めると彼女に真っ直ぐに向いた。


「蝕を起こします」


 青ざめるローネンシアが自らの腕を抱く。視線を落とし、フィエルンは告げた。


「テネシアが唯一見つけた糸口…………叶えることはできなかったけれど、次の聖女である私ならおそらく」

「本当に起こるのですか?」

「そうさせます」


 テネシアが悩み抜いた末のことだ。記憶を取り戻した時にフィエルンが悩む余地はなかった。


「神々を降臨させます。そして終わらせます」






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