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魔王覚醒

 そこは一切の太陽の恩恵を受けぬ牢獄だった。冷たく淀んだ空気が重く立ち込めていた。


 幾重にも張り巡らされた格子の前で人の形をした者が12人わだかまっていた。そしてヒソヒソと話し合っている。


「やはり反応はない」

「もはや期待できまい」


 嘘付き共め、何を期待していると?


 彼らを眺めながら、女はひっそりと朱の走る唇を歪めた。

 理性的であるかのように振る舞っているが、彼らの罪は明白だ。


 闇でも視認できる瞳は、牢獄の者を映す。


 血がこびりついた壁を背景に、手枷足枷で縫い止められたそれ。夜の始まりのような黒蒼の伸び放題の髪が俯いた顔を半分隠しているが、すっと通った鼻筋と青白い頬と薄い唇が見える。長身で、芸術的な程に均整の取れた裸身は若い男性。

 ただ目覚めない。一人の人間が生まれてから天寿を全うするぐらいの長い時を、この青年の形をした者は眠り続けているのだ。

 

 彼をかつて主と崇めていた12の者達により、何百回何千回も繰り返し肉体を破損されても、直ぐに再構成されて存在する。


 女はそんな彼を目にするたびに、常にある不快が大きくなる気がした。今もそれを抑えている。気を弛めれば周りの同胞を殺しかねない。だがそれは自分が実行すべきことではないと思っていた。


 消失させることを諦めた彼らは、青年を物のように観察するばかり。だが変わらない様子に一人が背を向けた時だった。

 女には見えていた。青年の瞼がゆっくりと開き、細く黒で縁取られた銀の瞳が月光のように輝くのを。


 漆黒が満ちた。

 暗黒は純粋なる日光よりも尚眩く、女は目を細めて同胞が一瞬で消滅するのを捉えた。

 女自身も四肢を飛ばされていたが、そんなことはどうでもよかった。


 牢獄だったそこは地を穿つ穴だけになり、そこから表層の万年氷河に彼は降り立っていた。


「我が王」


 即座に再生した四肢を凍える氷に投げ出し、女は頭を垂れた。細かく震える指先は、畏怖だけのせいではない。 

 神にも等しい圧倒的な力を前にして、ようやく女の時も動き出した気がした。


「我が主、我が君」


『黒陽』と謳われた魔力の光を身体にちりばめた彼の姿は、禍々しさを越えて荘厳だった。吹き荒れる雪は、その身体に触れることを許されず彼の周りで蒸発していく。


 銀の瞳は足元に平伏す女を映さず、果てない白の地の先に向けられていた。一度瞬きをした時には、伸び放題だった髪は肩に掛からない長さとなり、青白い肌に少しだけ赤みが通った。そこに魔力で紡がれた衣が纏われた。


 やがて艶めいた唇が動き、音を紡いだ。短く一言名を口ずさんだ。


 耳にしたそれに、女は手の爪でゆっくりと氷を抉った。



 その時遠い彼方の王国で、一人の少女が空を見上げた。


「……………気のせい?」

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