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【刺激的なスローライフ編】20.創世記 【side トレーユ】

幼い頃に僕が読んだこの国の創世記には、こう書いてあった。


『かつて、人々が魔物により死に絶えようとしていた時――

人々を憂いた神が、天使をこの地に遣わした。

その天使は魔物を退けた後も地上に留まり、勇者と共に魔王を討伐した賢者と結ばれた。

その天使と賢者の間に生まれたのが今の王家の始祖なのだ』



初めて神殿を訪れた日のことだった。

ステンドグラスに描かれた涙を零す美しい天使の絵を見て、僕は強い驚きに思わずハッと息を飲んだ。


ステンドグラス。

それはただ美しいだけの飾りではなく、その国の文字を読めぬ者に史実を伝える為に残されたものだと、幼い頃本で読んだ。


僕を案内してくれた神官はその絵を見ながら、


『これは地上を憂いた天使が人々に代わり涙を零しているところです』


と言ったが。


涙を流す天使の絵は、魔物を退けた後に描かれていた。

もし神官の言葉が正しいのであれば、それは魔物を退けているシーンが描かれたものの前になければいけない。


『現在伝わる創世記は、長い時の中で王家の都合の良いように事実を歪めたものなのではないか』


その可能性に気づいてしまい、酷い動悸がした。



きっと……。

始祖の王の企てにより、天使は天界に帰る術を奪われたのだろう。

だから、あのように一人涙を零していたのだ。


どうして。

どうして賢者とも誉高い彼は、美しく心優しい天使を天にかえしてやらなかったのか。



『僕なら絶対に天使がもう一人で泣かなくて済むよう天に帰してやるのに』


カラフルに降り注ぐ光の下、僕はそんな風に憤りながら、涙を零す美しい天使に長い事見入っていた。







◇◆◇◆◇


誰よりも気高く美しく賢かった義姉上が、日に日に心を病んで窶れていく様を見るのは辛かった。

また、そんな義姉上をただ指をくわえて見ている事しか出来ない自分の無力さが憎かった。



心神喪失を理由に、義姉上が城を去る日――


『いつか僕が必ず義姉上を王太子妃の座に戻して見せます!』


思わずそう口走った僕に、義姉上は初めて僕に向けて優しく微笑んでくれた。


その姿はまるであの美しいステンドグラスの天使そのもので。

あのステンドグラスを初めて見た時同様、僕はその美しさにまた思わずハッと息を飲んだ。







◇◆◇◆◇


魔王討伐が完了し――

僕が義姉上を迎えに辺境伯の屋敷に赴いた時だった。

辺境伯より長い事義姉上が行方不明であることを告げられた。


驚いた僕はその後必死になって義姉上を探し続けたが、その姿をどこにも見つける事は出来なかった。


カルルには何度も


「もうとっくの昔に亡くなっているに決まっている。彼女の事は忘れろ」


そう言われた。


論理的に考えれば、カルルの言うことが正しいと頭ではわかるのに。

義姉上が亡くなっているとは、僕はどうしても思えなかった。





『やっぱりカルルは女の人だったのか』


ハクタカが何気なく呟いた瞬間だ。

突然、頭の中で誰かが指を弾く音が聞こえた気が(フラッシュバック)した。


そしてその次の瞬間、ずっと頭の中にかかっていた靄が晴れ、その霧のせいで点としか見えなかったもの全てが線で繋がる。



『何で認識阻害の魔法をかけているのに、トレーユには私だってバレちゃうんだ???』


かつてカルルは変身して僕を撒こうとして僕に見つかる度、そう言って首をかしげていた。

そしてその時は何でと問われても、僕にはカルルはカルルとして見えるのだからとしか答えようがなかったのだが……。


今、分かった。

その理由はきっとカルル(義姉上)


『私と分からないように』


と念じながら、僕を含む皆に認識阻害の魔法をかけたからだ。

だから、カルルを探す皆は姿を変えた『カルル』を認識出来なかったし、姉上をずっとさがしていた僕はあんなにも長い間近くにいながら彼女の正体が姉上だと認識出来なかった。





ずっと。


ずっと僕が覚えている義姉上の容姿は、長い時間の中で僕が勝手に美化したものだろうと思っていた。

それなのに、久しぶりに見た義姉上は、十年前の僕の記憶と寸分違わぬ酷く美しかった。



『どうして賢者は美しく心優しい天使を天にかえしてやらなかったのか』

『僕なら絶対に天使がもう一人で泣かなくて済むよう、天に帰してやるのに』


幼かった僕はそう憤ったというのに。


義姉上のその艶やかな髪を、甘い声を、やわらかな肌を眼前にして。

僕は卑しくも、自分の祖先がそうしなかった理由を瞬時に嫌という程理解してしまった。


帰さなかったんじゃない。

きっと帰せなかったのだ。



それでも、それはいけない事だと自分を必死に抑えて


「だから、どうか僕と帰りましょう」


やっとの思いでそう言ったのに。

そんな言葉とは裏腹に、僕の手は天使を唆す邪悪な蛇の様にスルスルと勝手に伸びて、きゃしゃな彼女の手を掴むと、どこにも行かせないとばかりに彼女を腕の中に閉じ込めた。

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