【刺激的なスローライフ編】18.人生、諦めが肝心
俺とアリアそしてローザの
『もうそれでいいんじゃないか?』
的な目線を受けて
『私の気持ちは無視か?!!』
カルルがそう叫ぼうとした時だった。
「僕は……僕は……姉上とは結婚出来ない」
先にトレーユが、実に悲痛な声でそんな思いもかけなかった事を言い出したものだから、
「へっ???」
カルルが思わず変な声を出した。
まさかあれだけ姉上姉上言っていたトレーユの方から断られるとは、無意識の内に思っていなかったのだろう。
カルルの乳白色のやわらかで傷一つない頬が見る見る間に朱に染まる。
「あぁ、まぁそりゃそうだよね。トレーユはずっと私の事、男だと思ってたんだし、私の悪い癖も全部知ってるわけだし。……それに何より年が違い過ぎる」
誰もそんな事言っていないのに。
自分の言葉に居た堪れなくなったのだろう、カルルの声が尻窄みになった時だった。
「姉上の問題ではなく。……僕が、僕が王太子にはふさわしくないからそれは出来ないと言っているんです」
トレーユが今度はそんな事を言い出した。
トレーユが王太子にふさわしくない?
まあ、本来なら第二王子と第三王子を差し置いて第四王子が、男児のいる第一王子の跡を継ぐ事を納得させるのは難しい事だろうが……。
俺達の表情を読んで、そうではないとトレーユがゆっくり首を横に振った。
「言っただろう、王太子は自らの好き嫌いで伴侶を選べるものではないと。僕は……僕は、子供の頃よりずっと姉上だけをお慕いしてきた。だからきっと僕は……、姉上を一度僕の妻としたら、いくら国の為であろうと離縁など受け入れられる筈がないんだ」
苦し気に顔を両手で覆って
「だから……だから、僕は王太子に、そして姉上にふさわしく無い」
そう吐血する勢いで苦悩するトレーユを見ながら、
『王家にはトレーユ以外にも王妃を挿げ替えようなんてバカな事を言い出しかねないヤツが他にもまだいるのか?』
と思わず詐欺師としてだけでなく、一応情報屋として有能なニコラに聞けば、
『こんなバカは第四王子だけで十分だ』
と酷く凪いだ目をされた。
「姉上が不正を働くような方では無い事も、姉上の父である辺境伯が立派な人物である事もよくよく分かっているつもりです。しかし、将来もし姉上や辺境伯が道に背き王家に反旗を翻した場合、王家は再び姉上を廃し、新たな妃を迎えねばならなくなるでしょう。でも……きっとその時、僕はそれが出来ません。きっと僕は……僕は世界を敵に回しても、姉上がそれに心を痛めようと、決して姉上の手を離す事など出来ないでしょうから」
そう言って。
告白と懺悔の区別もつかないらしいトレーユがその場に片膝をついた。
そうして、カルルの手を恭しく取り、真っ直ぐにそのエメラルドの瞳で彼女を上目遣いに見つめたまま、また酷く切なげな声で
「姉上……」
そんな風に呼ぶから。
付き合いの長いカルルも、流石にその攻撃力に耐えられなかったのだろう。
カルルの耳までが瞬時に真っ赤になったのが分かった。
俺達は一体何を見せられているんだ?
よし!
もうこの二人はここに置いて帰ろう。
『人生、諦めが大切だぞ!』
そうカルルにサムズアップを決めて華麗にその場を立ち去ろうとした時だった。
「ですから姉上……、僕と城に戻りましょう。あの時は、僕はまだ無力な子供で何もして差し上げる事が出来ませんでしたが、今はもう違います。僕が命を懸けて……そう、例え父上や兄上と刺し違えても、貴女こそが王太子妃に相応しいと証明して見せます」
またもやその瞳からハイライトを消したトレーユが酷く物騒な事を言い出した。
「そうして……もし将来、再び姉上がその座を追われる時が来たのなら、その時は僕も共に城を去りましょう。今度こそ、姉上を一人苦しみの中にさ迷わせるような事はしません。僕が。僕が生涯をかけてお守りします」
そう言って。
やはり求婚と脅迫の区別がつかないらしいトレーユが、
「ずっと貴女だけをお慕いしております、姉上」
王都の芝居に出て来る真摯に愛を乞う清廉な騎士の様にそっと、カルルの手に口づけを落とした。
「結婚……してさしあげたらいかがです? 融通効かないし、優秀な割に変なとこで馬鹿ですけど、悪い人じゃないですよ」
遠い目をするローザの言葉に、カルルが
「うぅぅぅ……」
と顔を赤くしたり青くしたりしながら呻いた。
「悪いやつでは無いのは確かだが、そこはかとないヤンデレ臭が漂っている気がするのだが?!」
カルルの手に口づけを落とす際、トレーユがあくまで見た目は愛を乞う清廉潔白な騎士のように優し気に、しかしその実、決して振り解けないであろうくらいしっかりとカルルの手を掴んだのを見てしまい、思わずそうツッコんだ俺の鳩尾を、ニコラが思い切り蹴り上げた。
どうやら皆の為、黙っていろと言う事らしい。
そんな俺達のやりとりを見てカルルがハッと正気に戻りかけた時だった。
「だから、どうか僕と帰りましょう」
トレーユが掴んでいたカルルの手を引いて、俺達から隠すように彼女をその腕の中に閉じ込めた。




