『まて』をやめました 40
やっと、ここまで来ました。
◇
放心状態でいても、其処は美人のエドワード様。その姿も様になる。
そのままこのサロンに飾っておきたいくらいの、美しい美術品のようだけど生ものだからそうはいかない。
どうするかなぁ~。
「・・・なんで・・・」
頬に手を当てたエドワード様が何か声を出した。
掠れたような声。
ちょっと色っぽい声だなぁと思う。
「・・・エドワード様は、私のことをどう思っていますか?」
とりあえず声が出せるのなら、聞いてみよう。
ショックを与えたのは間違えがない。放心状態とだけど、もしかしたらこっちの方が都合がいいかも?
今なら、ぽろっと本心を口にするかも?
「・・・一緒にいたいと、思う?」
聞いたことに対して疑問符に返してくることは、解せぬがとりあえず返答は出来るみたい。
優しい声で、子供に聞くようにゆっくりと私も声を出す。
「一緒にいるために、婚約を続けてくださったんですよね。でも、なんであまり会ってくれなかったのですか?」
「・・・君に、君の顔を見ると・・・胸が、苦しくて・・・」
体に不調をきたすような顔ですか、ソウデスカ・・・
「私の顔を見たくないですか?」
「違う、見たいし会いたい。でも、眠っても君の顔を、笑顔を思い出して眠れなくなるんだ・・・」
フムフム、寝不足は仕事に支障がきたしますからね。
たぶん、それではないだろうけど小さく返す。
「笑うなというのは?」
「君の笑顔を見ると、僕の顔が緩むんだ。執事から帰った時にいつも注意されて・・・」
「話すなというのは?」
「君の声はずっと聞いていたくて・・・、時間を忘れるんだ。気がついたら夕方になっていることもある。」
私の声は時空を超えますか?時間軸は皆さん、一緒のはずです。エドワード様の気のせいです。
「それじゃあ、・・・婚約は解消しますか?」
「嫌だ!」
ぼんやりと発せられていた声で答えていたけど、はっきりと強い声で返事が返ってきた。声と共に、目もしっかりとしている。
やっと正気になったのかな?
「俺は、俺は婚約解消なんてしない!」
「でもその予定でしたよね?」
私の目をしっかり見てはっきりと言うけど、私は変わらずゆったりとした優しい声で聞く。
「それは父上の独断だ!俺は、嫌だった。だから好きにならないように・・・」
「好きにならないようにすると言うことは、それまでは私のことをどう思っていたんですか?」
「それまで?」
「最初に私と会った時に、・・・どう思いましたか?」
「最初に・・・」
私の目を食い入るように見つめて、私の言葉を反芻しながら考えている。
私の勘だと、多分最初に会った時は、今とは違ってもう少し素直に表情が出ていた気がする。
どうか、勘違いでないといい。そうすれば、きっと、多分、エドワード様の素直な気持ちが、答えが聞けるはず。
「最初、に、会った時は俺は君を妖精かと思った。」
おわっ!なんと、私を妖精ですか?
女神さまを姉に持ち、自身も人外的な美貌の持ち主が、私を妖精と思ったですか?!
それは吃驚した。
思いもよらない答えを聞いて動揺して、反射的にクレアを見たら、うんうんエドワード様に同意するように頷いてる。いや、うんうんじゃないよ。まさかそんな答えが返ってくるとは思わずに本当にビックリだよ。
「えっと、あの、妖精ですか?」
「そうだ、妖精のように光に溶け込むようにキラキラしていて、可憐で微笑まれると胸が温かくなったんだ。
それで君をこのまま、傍に置いて見ていたら好きになると思ったから、我慢したんだ。」
思わぬ答えに、私の方が動揺してその後の言葉が出てこない。
「我慢しないと、君の姿を目で追いたくなるし、微笑めば虜にされる。現に、君に微笑まれて惚れた男が沢山いたじゃないか。そんな男を減らすためにも、君はむやみに外を出歩いてほしくなかった。でも君を繋いでおくことは出来ない。分かっているけど、それでも口からはそんな言葉が出てしまうんだ。
君は年々美しく成長していく、なのに、俺は好きになれば婚約を破棄される───」
「それですよ!」
やっと、求めていたキーワードが出て私もパッと反応した。
この言葉を待っていた。
「ねえ、エドワード様、おかしいと思いませんか?」
私とエドワード様は、目をお互いに合わせて話している。
私が微笑んで話すと、確かに口元が緩んでみえる。であれば、私の想像は当たっているかな?
ん?と不思議そうな顔をして、私を見つめる。その顔もまたいいなぁ。
「好きになったら婚約を破棄って、どうやってですか?」
そう言った私の言葉に、まだ不思議そうな顔をするだけで気が付いていない。
「あのですね、この婚約は前国王陛下の承認されたものです。ですので国王陛下の許諾無くして婚約を解消もましてや破棄も出来ません。賢明な陛下がエドワード様が私を好きになったからと言って許諾するはずはないです。寧ろ仲が良好なのに、引き裂こうとする侯爵様を叱責されるはずです。
ですので、その可能性は皆無に近いのですがいかがですか?」
私の言葉をじわじわ染み渡らせているのか、表情がその心情を表すかのように少しずつ驚愕に目を見開いていく。
「それにですが、あの、もしかしてですが、・・・好きにならないようにということは、我慢をしないと好きだと認めることになるのかなぁと・・・そのつまり、エドワード様は」
「我慢しなくていい?」
私の考えを伝えているのに、気になるのはそこっ!
遮ってまで聞きたいことなの?
「そうですよ。別に私たちの間に何の障害もないのに、何で好きになっちゃいけないのか逆に聞きたいくらいですよ?」
私の言葉を聞いていないのか、我慢をしなくていい───と何度も噛みしめている。
そんなに噛みしめることかなぁ?
「好きだっ!」
ん?
いきなりだった。
急に何を思ったのか、私の手を握って引き寄せて噛みつくような声。
私はこの人はいつになったら気が付くのかなぁって思っていたのに、急にだった。
「我慢をしなくていい。クラウディアが好きだ!愛している。」
エドワード様の黒曜石のような瞳は、今は初めて見るような熱の篭った熱い瞳。
何時も一線を引いた言葉も冷たいものなのに、聞いたことのない甘い声。
私の両手はエドワード様の大きな手に包まれて、温かい。
私が長い間、求めていたエドワード様に愛されたいと思っていた姿。
熱のこもった瞳、優しく微笑む笑顔、甘い声で名前を呼ばれて、温かいエドワード様に包まれたい。
ずっと、10年間求めていた大きくなれば、結婚すればきっと・・・そう思って妄想で我慢していた姿。
それが今、叶った。
結婚出来ないと絶望して、記憶を無くして、もう一度やり直すつもりで婚約の解消を求めた、今、私の想いが初めて通じた瞬間だった。
「エドワード様・・・」
私の瞳はじわじわと潤んで、エドワード様の姿をにじませる。
「今まですまなかった。どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのか・・・。クラウディアに我慢をさせていて、本当に悪かった。すまない。やっと、自分の気持ちが分かった・・・本当は初めて会った時から好きだった、んだな。
だから好きにならないように我慢をする、なんて言い聞かせていたんだ。
俺ばかりが、我慢していると思っていた。
すまない。本当に、本当に悪かった・・・」
エドワード様の謝罪を聞きながら、やっと、やっと思いが通じ合えて10年間の思いが報われて涙が頬を流れた。
ああ、今日はなんてたくさん泣くのかしら。
何時もは、隠れて泣いてばかりいたから人前で泣くのは今日が初めて?
ああ、やっと・・・
「エドワード様・・・、私、ずっと、10年間ずっと貴方が好き、でした」
温かく包まれたエドワード様の手から自らの手を引き抜きながらそう泣きながら微笑む。
えっ、と驚き顔を固くするエドワード様。
涙を指で拭い、控えるクレアに視線を向けるとスッと手に紙が載ったトレーを持って近づく。
私の10年は、とても長かった。私も10年間、エドワード様の顔が好きでした。
「エドワード様、陛下の許諾がされたこちらの書類にサインをください。」
◇




