『まて』をやめました 36
サロンに降り注ぐ光はまだ明るい。
この明るいサロンの中で、いつもエドワード様と会っていた。
偶に、気まぐれのように天気がとてもいい時に、庭園の花がきれいなんですと言うと散歩に誘ってくれた。
庭園の一部がこのサロンからとてもきれいに見える。
色とりどり花々。
庭師が丹精込めて育てた花。
薔薇や百合、蘭など高貴なイメージの花からマーガレットやマリーゴールド、パンジーなどもある。
私は、特にこれと言って好きな花はない。
庭にある花は、すべてが好き。
庭師の丁寧な手入れの行き届いた花は、季節に合わせて綺麗に見えるように育てられている。そのすべてが美しく綺麗でかわいらしい。
どれを見ても、その惜しみない愛情を花に注いでいるのを知っているから、どれとは選べないでいる。
ただ、色味がはっきりしているものを好む。
今、このサロンからは、パステルの花々が大きく花弁を広げて咲いているのが見える。
麗らかな日差しを浴びて、ゆらゆらそよ風に揺られて穏やかに午後の時間が過ぎていく。
外はね。
室内はそうではない。
意味不明の言動で、困惑の渦に本人以外を落としているこの変な空気。
聞いたことのない言葉。
『好きにならないように努力』
いや、言葉は我が国の言葉で一つ一つの言葉の意味も分かるけど・・・
「なんで好きになっちゃいけないんですか?」
努力ってなんで?
そう思って聞くと、当たり前のような顔で答えが返ってくる。
「婚約を破棄させないためだ。」
「なんで婚約を破棄させないんですか?」
「嫌だから・・・」
「なんで嫌なんですか?もともと、婚約を破棄させる予定だったんですよね。」
「それは、俺は、それが嫌だと思ったから・・・」
「なんで嫌なんですか?」
「・・・・・・」
当たり前だと言わんばかりの回答が、徐々に弱くなる。そして、最後には同じことを聞けば、顎に手を当てて考え込んでしまった。
その考え込む姿は、美しい銅像のようだけど今は鑑賞する暇はない。
この人の理解不能な考えを、みんなにわかるように紐解かないと・・・
「・・・たいから?」
「えっ・」
どうやって紐解くか、思案していた。不意に考え込み俯いたまま、ぼそっと出された呟きは近くにいた私にも聞こえないくらい小さなもの。
思わず聞き返すと、顔を上げて此方をまっすぐ見つめられた。
うわっ、この人の瞳、やっぱりめっちゃ綺麗。
久しぶりに真っ直ぐに視線を合わせたわ。いつぶりかしら?
私はエドワード様の瞳は黒曜石のようだと言っていたけど、光をちりばめたようにいつもよりもキラキラとしている。まるで新しい発見をした子供のような煌めいた光。
「そうだ、俺君と一緒にいたいから、婚約を破棄するのが嫌なんだ。」
そう返された声は、特に明るいわけではない。淡々としていて当たり前だと言わんばかりの声。それがどうしたと聞こえてきそうだ。
「えっと、私と一緒にいたいって・・・なんで?」
もう、答えが出ていそうなのにこの人からはそれが伝わってこない。
もう一押ししてみる。
「君の顔を見ると嬉しいし、声を聞くと心が安らぐから・・・」
それでも当たり前だろうと言う、声質のまま答えが返ってくる。
もう、レティシア様もミリアム様も呆れているし、ジェイクは呆れを通り越して黒い笑みを浮かべている。クレアは・・・メイドらしくしています。
もうさぁ、この人は何にがんじがらめになっているわけ?
鈍感にもほどがあるよね。
もう、イライラする・・・
どうしようか・・・
「全く、これではまるでエドワードは呪いにかかっているみたいね。」
レティシア様から呆れて小さく呟かれた言葉は、天の助けだった。




