『まて』をさせられました 33
◆エドワード視点◆
何故ここに?
呆然と立ち尽くす俺に代わり、その涙を拭ったのはレティだった。
涙をハンカチで拭い、慰めるその姿は慈悲深き聖女にふさわしい姿だが此方に向けられた視線は恐ろしかった。
ただ見ているだけの俺の前から、ジェイクやメイドに連れられて部屋を出ていくクラウディア。
レティ以上に鋭い視線を矢のように俺に向けて放って、2人はクラウディアを支えて出たがクラウディアがもうこっちを向くことはなかった。
「さあ、こちらに座りなさい。」
そう促されて椅子に座ったが何を話していいのか、何を聞いていいかわからない。
とにかく俺はこの3ヶ月、辺境の地そして隣国へ行き情報が不足していることを切に伝えた。伝える俺の顔は恐らく情けないものになっているだろう。
そしてその顔は、ますます情けないものから顔を手で覆い誰にも見てほしくないくらい美形と言われた顔が崩れてしまっていたと思う。
パイル伯爵家のお茶会で複雑に混ざり合った毒を盛られ、2週間の昏睡状態からレティの聖女の癒しを以って治療して、目覚めたら記憶がなくなっていた?
レティの話を聞けば、何故俺のもとにその情報が一切流れてこなかったのか不思議でならない。
・・・そういえば、老執事の言っていた。
ザリエル家からの手紙が届いていたときいつも父上がいたと・・・
まさか?
いくら冷血でザリエル伯爵を嫌っているからといっても、クラウディアが倒れたことを俺に知らせずに遠ざけた?
婚約者として最低限のことはしろと言っていたのは、父だ。
なのにその行為は違和感しかない・・・
知らなかったとはいえ、婚約者の俺はそれらすべてへの対応を何もしない冷血漢とクラウディアは思ったのか?
だから久しぶりにあったクラウディアに俺への恋慕が見られなかった?
記憶をなくしたということは、俺との出会いもすべて忘れた?
「エドワード、貴方は何がしたかったの?
クラウディアの愛情に胡座を敷いて、何をしても、いえ違うわね、何もしなくてもいいと思っていたの?
いくらお父様から強制されたからといって、わたくしがヴィクター殿下と結婚すれば婚約を破棄するつもりだったなんて・・・
なんて酷いことを」
「待って、待ってくれ、レティ。何故そんなことまで知っているんだ?」
レティの口からつらつらと続く小言に、驚くことに俺と父上と老執事しか知らないはずのクラウディアとの結婚に関することをなぜ、レティが知っている?
確かに父上にそのように言われて婚約を結んだ。だが、レティには話していない。話していないが、俺とクラウディアとの婚約がレティとヴィクター殿下の婚約の後押しになったことは気づかれているようだった。
でも、結婚をさせる気がないと父上が言ったとは気付かれていないと思っていた。
「何故ですって?」
キッといつもは楚々として視線を鋭くさせることなんて見たことはない。
今日は、驚いてばかりだ。
「わたくしが、何故知ったかなんてどうだっていいのよ。
いくらお父様の言いつけだからと言っても、それが今後クラウディアにどんな影響を及ぼすのか考えなかったの?!
わたくしは早くに家を出て、お父様にお会いすることがあまりなかったから気にしていなかったけどお父様ってそんな方だったの?!
貴方たち男2人、おかしいわよ?!」
「・・・・・・それは、しかし、俺だって本当に婚約を破棄させる気なんてない。
破棄をさせないように、クラウディアを好きにならないように注意をして行動をしてきたんだから。
俺がクラウディアを好きになっていたら、父上はその時点で婚約を破棄させていたんだ。だから、俺はそんなことをしたくないから、好きにならないように努力を・・・」
普段から、人の話を穏やかに聞くだけのレティが声を荒げている。つい弁明めいたことを情けない声で出る。正直自分が何を言っているのか、よくわからない。
「何それ!バッカじゃないの?!」
クラウディアが倒れたと言う情報で、そして俺のことを忘れて───俺のことが好きだったことを忘れたということに相当なショックを受けていたらしい。
そこへ呆れて馬鹿にした声が響き。
声自体はかわいらしいのだが、言っていることはかわいらしさのかけらもない。
だが、声は聴きたかったのには変わりはない。
今までのような、甘い声でなくとも・・・
『エドワード様、お元気でしたか?わたくしは会いたかったです。』
このサロンで会う時の、第一声はいつも嬉しそうに微笑みこちらを気遣う優しさと溢れ出る『好き』という気持ちが透けている明るい声だった。
淑女らしい澄ました話し方に成長につれてなっていったが、会った最初の一言にはいつも『好き』という気持ちが溢れていた甘く明るい声だった。
それが、記憶と共に忘れて無くなった。
それを再確認したときに、心には掻きむしるような焦燥感が広がる。
──────俺は、婚約を破棄するつもりなんてないんだ。