『まて』をさせられました 30
◆エドワード視点◆
流暢な文字で書かれたそれは、陛下直筆だ。
仕事柄、書類のやり取りで何度となく見て、見飽きている陛下のサイン。特徴ある癖こそないが、癖がない綺麗なサインが特徴の陛下のサイン。
間違いない。
何故、陛下が俺たちの婚約に口を出す?
何故?
まさか父上が独断で動いた?
しかし慎重派な父上が、俺が提言した婚姻後の心配に対処せずに、動くのはおかしい。
では誰が?
「・・・エドワード様が辺境に出られて後、ザリエル伯爵より何度も手紙が届いておりました。
それでタイミング悪く旦那様在宅の時に届き、ほとんどを廃棄されてしまわれました。唯一こちらの一通だけは残っていました。」
そう言って同じようにトレーに乗せられた手紙。
握りつぶした後が見られるシワだらけの白い封筒。見慣れたザリエル家の紋で蝋封をされていた。同じように、いや陛下の手紙よりも急く気持ちが抑えきれず何度か失敗しながら封を開ければ、紙が一枚。
カサカサと音を立てて、手紙を広げる。
心臓が嫌な音を立てる。
手紙に書かれた短い文書に何度も目を走らせる。
“何度か連絡している通りクラウディアとの婚約続行は不可能になり解消の手続きをする”と、まるで最後通告のような無駄が全くない内容が短く書かれていた。
意味が分からない。
何が婚約の続行不可能にしたのか意味が理解できなかった。
「エドワード様・・・」
俺の硬くなった顔を見て何かがあったと察した老執事。
爺様の時代から屋敷を切り盛りしてきた頼りにしている信頼ある執事だ。
俺のことも赤ん坊のころから見てきただけに、表情が乏しいと言われる俺の感情をよく読んで先回りをして忠告をしてくれていた。
そういえば、父上に隠れてクラウディアにと贈り物を用意してくれたこともあった。
だが俺はそれを渡すことで、俺がクラウディアに恋していると勘違いをされたくないと要らぬ配慮と切り捨てた。
俺はいつも最善と思って行動していた。
だが最近は、父上から早く宰相職の引継ぎが出来るようにと急に仕事量が増えた。
その為考えることも億劫になり、クラウディアにいつもよりもなおざりだった?
しかし、それで婚約解消の話になるのか?
いや、それよりもまさかだがレティとの結婚話が現実味を帯びてヴィクター殿下がクラウディアに・・・
まさかっ!?
クラウディアの気持ちは疑うことなく俺を心から好いている。
ヴィクター殿下は、レティと婚約が成る前からクラウディアとは幼なじみで仲が良い。俺と婚約してからはあまり王城へ行かないようにと注意していたが、それでもたまに伯爵と城に行っていたようだ。そのたびに聞いてもいないのに、ありがた迷惑な周囲からその報告が来る。それも態々、父上のいる前で・・・
そのたびに魔王の様な形相になる父上。
余計な報告に来た人物が暫く、城でも社交でも見なくなったがそれは自業自得だろう。
だが、父上の不機嫌の当たり先が俺に来る。休みを返上させられヴィクター殿下と王都から急遽、各地へ視察へと予定を入れられる。しかもクタクタになるような強行スケジュールで・・・
「お前たちはそろいもそろって綺麗な顔を持っていながら婚約者の手綱も握れんのか?!」
浴びた罵声は、俺だけに言われたが聖女として職に勤しむレティまで・・・
城に上がるたびに殿下と庭園の東屋で会っているのは知っている。
ヴィクター殿下はまだクラウディアをあきらめていないのだろうか・・・
初恋は特別なものなのか?
レティは年々逞しく立派に成長していくヴィクター殿下へ恋心を育てているようだ。
表立っては何もしないが、クラウディアへ嫉妬の気持ちも抱いているようだ。
レティにとって、それは初恋なのだろう?
俺は?
いや、俺は恋などしていない。
ずっとこの10年間、クラウディアを好きにならないように恋心を抱かぬように慎重に行動してきた。
かわいらしい顔を見れば顔が綻ぶから見ないように、声を聞けば心が浮き立つから最低限の会話で、会う回数も減らして会いたい気持ちが起こるのを押し殺して、好きにならないようにしてきた。
だから俺は初恋というものは知らない。
俺には理解出来ないが、恋とは時として思いもよらない行動をさせると聞く。
諦めきれない初恋の相手を手に入れようと、強硬手段に・・・
そこまで思いついた瞬間に手に持っていた手紙をぐしゃっと握りつぶしてしまった。
想像したのは、嫌がるクラウディアを手籠めにしようとするヴィクター殿下。
頭が沸騰するような、暴力的な行動に走り出しそうな感情が押し寄せる。
そんなことは許さない!
クラウディアは俺の婚約者だ。
いくら殿下といえどそんな勝手は許されない。
「今からザリエル伯爵家へ行く。」
「お待ちください!」
握りつぶしたままの手紙を持ったまま、入って来た玄関へ向きを変えようとした俺を年老いた体で道をふさいだ老執事。
「エドワード様、いくらお急ぎといえその恰好では婚約者の訪問にはふさわしくございません。
私が先ぶれを出しておきます。どうかエドワード様は、お召替えをしてからいらしてください。」
年老い痩せたその体を、折り曲げて願う執事に自分の姿を見下ろす。
辺境から数日かかり、睡眠も休憩も最低限で帰宅した姿は髪も乱れてきている服も埃っぽくよれよれである。
確かにいくら急いでいるとはいえ、婚約者の家を訪ねる恰好ではない。
俺が老執事の言葉に納得したのを確認すると、若い家令に目線だけで指示を出している。
「・・・わかった。」
焦る気持ちはあるが、老執事の言うところの手紙が届き始めたのが辺境に行く頃であるならばもう3か月は過ぎていた。
その間に何があったのか、いきなりヴィクター殿下を問い詰めることはできないがサリエル家でクラウディアの確認は出来るだろう。
会えるのかどうかは行ってみないことには分からないが、このままよりは良い。
行ってクラウディアの無事を確認したい。どのような状態であっても顔を見ないことにはこの暴走しそうな気持が落ち着かない。
だがこのような格好で行くのは失礼だ。
クラウディアは、俺の美しい姿が好きなのだから・・・
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