『まて』をさせられました 29
◆エドワード視点◆
「えどわぁ~ど様のぉおかげで、解決ぅできましたねぇ。」
簡単なはずなのに、なぜ俺は隣国まで行かねばならない?
俺の腕にぶら下がる、背筋がゾワゾワするようなイライラするような話し方のこの辺境伯の令嬢は本当にクラウディアよりも年上か?
話し方も間延びしてイライラさせられ、問題解決の話し合いで余計な口を挟みイライラさせられ、問題が終わったから出国して帰国しようとしたら、この令嬢は国境通行許可証をなくしイライラが最高潮に達した。
それでも紳士として年下の令嬢を怒鳴るのは良くないと、紳士として我慢した。
大体最初からおかしかった。
辺境伯邸に何日もかけて着いたら、隣国で話し合いができるように準備をしたから令嬢を伴って行ってくれと言われ。
国境を超えるための通行証が届くの待てと、辺境伯邸に滞在2週間。
その間、辺境伯令嬢ドロシア嬢の相手をさせられ、問題について話し合おうにもドロシア嬢の話は、お菓子と宝石、ドレスなどといった益にもならないものばかり。
苦行だが相手は王家の血筋の辺境伯、怒らせて温和で優しい陛下に迷惑をかけるわけにはいかない。
作り笑顔が凍り付きそうな気持ちで我慢した。
ああ、クラウディアに会いたい・・・
無意識に出た心の呟きは自覚することもなく、淡雪のようにひっそりと俺の中で溶けていった。
会う予定をしていた茶会の日は無情にも過ぎ去り、同じ空間にいることも出来ない。
仕事だから仕方がないが、クラウディアはいつも労いの言葉をくれて優しい笑顔で癒してくれた。
忙しい時に優しい労いの言葉を貰って喜ぶことは、恋することとは違う。
だから、これは歓んでいい事。
今は忙しい時だから、帰ってクラウディアの労いの言葉が欲しい。
「まぁだぁ、時間がありますよねぇ。
あのかわいいカフェに入ってみたいですぅ。」
通行証の再発行に時間がかかり国境の町で足止めをされて3日。
本日何とか手元に届いたというのに、この御令嬢はまだ時間があるだと?
早く帰宅するのに理由はあれど、ゆっくりする時間など俺にはない。
「ドロシア嬢、予定よりも遅くなっていますから寧ろ急ぐ方がいいですよ。
辺境伯も帰還が遅ければ心配なさるでしょう。さあ、行きましょう。」
誰のせいでこうなったんだと思うんだっ!と怒鳴ってやりたいのを堪え、怒りを押し殺して笑顔を浮かべる。
「まぁ、えどわぁ~どさまってば。もぅ、シアとお呼びくださいって言ったじゃないですかぁ。」
ドロシア嬢は俺の作った笑顔にポ~っと赤くなって、相変わらずの変に間延びしたしゃべり方ではずかしげもなく言う。
家族でも婚約者でもない間柄で、愛称で呼ぶなどあり得ない。
レティは姉弟であるからいいが、クラウディアですら愛称で呼んでいないというのに・・・
聞けば仲の良い友人たちは、皆クラウディアのことを『ディア』と呼んでいるらしい。
俺も婚約者らしく呼びたいが、そうすると俺がクラウディアに籠絡されたと勘違いされても困るから今はしない。
大体、この辺境伯令嬢も婚約者がいるだろうに、少しの距離とはいえ他の男と他国に行くなど普通に考えて可笑しい。
俺もまだクラウディアの婚約者だ。
そういえば先日、父上からレティの結婚式が早まりそうだと聞いた。
年齢が上のレティは、ヴィクター殿下が18歳になってから結婚式をしてはいまだに煩い世継ぎ問題を解決出来ない。
だから出来るだけ早く婚姻を、と働きかけていた。
過去の事例などを探して見つけた事柄。
15歳でデビュタントして男女ともに成人とみなされる。過去にはデビュタントの後なら結婚を許されている。実際に最近の慣例で18歳の結婚とされているのが普通だが、昔は15歳であった。
つまりは15歳のヴィクター殿下は、もう大人だ。
ならば、結婚して世継ぎを設けても国の慶事と喜んでも反対する理由がない。
レティの問題が解決出来そうだとほっとしていた俺に、父上の爆弾は落とされた。
あれはある侯爵家の夜会で、上機嫌の父上にバルコニーの端で告げられた。
「これでお前とザリエルの娘との婚約は終えられるな。
長い間、よく我慢したな。
まあ、最初から婚約解消ありきで結んだものだ。思ったよりは時間がかかったが結婚さえしてしまえばヴィクター殿下がどう言おうと、あの娘とは結婚できん。」
こんな話をするには大きくはないかと心配になるような声を響かせて、上機嫌に振舞われていたワインを飲む。心配していたヴィクター殿下との婚姻が恙なく執り行われそうというのは、喜ばしいが婚約の解消には一考を講じる必要がある。
「父上、クラウディアとの婚約はまだ続行しておく必要があると思いますよ。
結婚したとて実際に生まれるまで、世継ぎ問題を口にするものは後を絶たないでしょう。
それでクラウディアが未婚で婚約者もいないという場合、側妃にと推すものが出ても可笑しくありません。レティの為を思うのならば、子が生まれてからでもいいのではないでしょうか?」
今すぐに解消をすれば、ザリエル伯爵との繋がりを欲しがる者たちが群がるだろう。
ザリエル伯爵のことだ。この婚約が解消されれば慎重に次を選ぶだろう。
本来ならば、一度結んだ婚約の解消がされた場合、かなりの割合で女性側に問題ありと瑕疵を付けられる。
しかしそれでもクラウディアの魅力とザリエル伯爵家の持つ影響力を考えると、選ぶ側はクラウディアにあるだろう。
今は俺を慕っているクラウディアも、いずれはその心を慰めて誰かがその座を手に入れる・・・・・・、ぐっ!
何かわからないが、その状況を思い浮かべると胸が苦しく、思わずぎゅっと苦しそうに胸を手で掴んでしまった。
「どうしたっ?エドワード!」
珍しく心配そうに声をかけてくる父上。
痛みは一瞬だったが、なんだったんだアレは?
心臓を鷲掴みにされたような、息もできないくらいの痛みが走った。
しかし今はその名残もなく普通だ。
一体何だったんだ?
分けが分からないまま大丈夫ですと答えたが、今はもう痛くない胸に手をやる。
それからすぐだった。
この辺境に来て通行証が手に入りそのまま隣国へ行き、そして・・・
しつこく付きまとうドロシア嬢を振り切り、無理やり辺境伯領に降ろして俺は王都のタウンハウスに急いだ。
父上は俺を辺境伯に届けると、先に侯爵領を視察して帰ると言っていたからもうとっくに帰っているだろう。
出来るだけ早く約束を取り付けて、クラウディアに会いたかった。
いくら忙しくとも、2か月以上会うのを開けたことはない。
恋に落ちないようにと細心の注意を払っているから、まともに顔を見ることはないが言葉も少ないがそれでも会わないという選択肢は俺にはなかった。
一応婚約者としての体裁は取り繕う必要があるからだ。
そうだ、それだけだ。
だというのに、最低限の休息と睡眠で帰り着けばすまなそうな顔をした老執事が銀トレーに乗せた王印の蝋封がされた封筒を持って出迎えた。
時間は昼を少し過ぎたあたり。
レティに何があったのかと、急く気持ちを静めながら慎重にペーパーナイフで開封して中を取り出すと、陛下の直筆でクラウディアとの婚約解消に同意する旨記され両者話し合いを持ち穏便に済ませるようにと遺恨を残さないようにと書かれていた。
これは一体、どういうことだ?
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