『まて』をやめました 11
事件は、お庭でおきています!
「クラウディア様。」
ローラのおかげでとてもほっこりとしていると、いつの間にか傍に来ていたのはサビーナ様。
さっきのローラとは違って、思わず「げっ!」っと声が出そうになり手で口を押さえた。ローラのように、僅かな時間で好印象を与えるように、サビーナ様は、僅かなあの会話だけで嫌な感情しか抱かなかった。
記憶が云々より、私はサビーナ様を好きじゃない。
嫌いという感情はないが、好きになれない。出来れば近づきたくない、そんな気持ちしか持てないんだよなぁ。
「先程は失礼しました。
わたくしの浅慮な発言で気分を害されたことと思います。
申し訳なく思っております。」
私が返事を返す前に、言葉を重ねて近づく。
お母様の話では、クラウディアの家、ザリエル伯爵家は、高位貴族だ。伯爵という爵位のなかでは勿論、最上位に位置し侯爵の位と同等、中にはそれ以上といわれていると聞いた。
貴族とはマナーに煩く、特に下の身分の者から上位の者への許可なく話しかけるのはマナー違反とされている。今回、クラウディアは、気を付けるべき上位の貴族、公爵と侯爵からの招待客の名前と特徴をあらかじめ習っておいた。それ以外の人から話しかけられることはないだろうと聞いていた。だけにサビーナ様の行動はマナー違反といわれるものだろう。それに申し訳ないと言いながら、口元は笑っているのだからどう考えても反省しているとは思えない。
はっきりいえば、不愉快だった。
心に湧き上がるモヤモヤが、はっきりと教えてくれる。
仲が良くないにしても最低限の礼儀というものがあるはずだ。
サビーナ様にはそれがない。
「さっきのことでしたら」
「何も覚えていないって本当なんですね。
わたくしクラウディア様と親しくしたいと思っていた、前回のお茶会のことであのように言われましたので、つい・・・。
何も覚えていないとおっしゃいましたが、わたくし、あの日一生懸命、仲良くなろうと必死でして・・・。
ああ、折角切っ掛けが出来たと喜んでいましたのに、体調を崩された原因が当家にあるような言い方をされてしまいまして・・・。
でも、わたくしは、クラウディア様と仲良くしたいのですよ。
何も覚えていないなんて・・・」
こんな風にちょっと私が何か言おうとしても、それを遮ってベラベラと言いたいことだけを言う。
仲良くなりたいという割には、言葉の端々に棘がある。
記憶がないを何故に何度も繰り返す?目が探るように見ているし・・・
嘘をついているわけじゃないのに・・・
絶対に信じてない!
確かに全員が疑いもなく、記憶があいまいで・・・って信じてないと思っていたけど、ここまで疑いの目をはっきりと浮かべているのは、サビーナ様だけだ。
薦めてもいないのに、勝手に空いている椅子に座るし・・・
さっきまでローラが座っていたから、すこし此方に寄せてしまっていた。
距離が近い。
なんだか、嫌だ。
パーソナルスペースに知らない人が入ってきたような不快感が拭えない。
早く話を終わらせて向こうに行ってくれないかしら・・・
「わたくしは怒っていませんよ。」
顔に笑顔を張り付けて、心にもないことを言う。
こういうときは、怒りを露にした方が敗けだ。お母様が言っていた通り、貴族の付き合いは笑顔と笑顔の化かし合いだ。いかに人を魅了する微笑みを浮かべられるかで淑女としてのレベルが問われる。
頭の記憶がなくとも、そういう付き合いは馴染みがある。
困ったときの笑顔術に長けているニホンジンの記憶持ちなのだ。笑顔で少しならば交わすことができる。
少しね・・・
本音は、イライラ。
「まあまあそれは、心が、広い方で良かったですわ・・・」
サビーナ様も笑顔で返してくるが、その笑顔に黒いものが見える。はっきりと・・・
淑女として、レベルは私より断然下。
だが後ろでクレアが警戒しているのが感じ取れる。
お母様は、サビーナ様の母親が混じっている中で会話している。こちらの様子は、見ることが出来るだろうが声は聞こえない。
サビーナ様がさっきの今で私に何かを仕掛けてくるとは思えないから、そこは心配をしていないけど・・・
それにしても、何なんだろう、この不安感。
我が家でしている、お茶会。
ホームグラウンドで周りのメイドも護衛もいて、安全のはずなのに・・・、なんでかな?このサビーナ様と二人っきりでいると背筋が震えそうになる。
警戒しろと、心が叫んでいる。
「わたくしは、いろんな方と親しくさせていた頂いていますのよ。
クロン男爵令嬢は最近婚約者の方と疎遠だそうですよ。婚約破棄をされるかもしれないとか?そうなったら修道院に入るかどちらかの後妻にでもなるしかないですわね。それにランス子爵令嬢のドレスをご覧になってください。御年が20歳を過ぎていますのに、ピンクにリボンやフリルが沢山。それにデザインも古いですしきっとお家の経済状況が良くなんですね。フフッ、お茶会に出るだけの装いも用意できないなんて、無理をされて恥をかかなくてもいいのにねぇ。」
口をひらけば、誰かの悪口や噂話。
ダメだ、この子と一緒に居たくない・・・気分が悪い。
相槌も打ちたくない。
とにかく笑顔だけは保っているけど、耳に入れたくない話題ばかり。
いろんな人と親しくしていると言う割にはさっきまでボッチでいたし、人のことばかりを悪しく口にする人が慕われるとは思えない。
僅かな時間だが、サビーナ様に時間を割いたのだから、義理は果たしただろう。
チラッとクレアを見ると目だけで頷いてくれた。
もう十分だということだろう。
「サビーナ様、そろs」
「まあっ!クラウディア様のお茶が冷めてしまいましたわね!」
私はクレアと共に一旦下がろうかと言いかけたが、またしても遮られた。
この人は、人の話を聞く気なんてないんだろうな。自分が語ることが楽しいんだろうなぁ・・・合わない!絶対的に性格が合わない人だ。
テーブルの上のカップに手を伸ばすと、私もクレアも止める間もなく中身を地面に流してしまった。
ちょっと何、人の庭で何やってるのか?
さらにそのカップをもって、ポットなどが置かれているワゴンに近づいた。
「あっ、お待ちください・・・」
クレアが止めようとするが、ジョボジョボと音を立ててカップに注がれるのが早かった。
「さあ、どうぞ。」
振り返ったサビーナ様は笑顔で、寄って来たクレアをよけて、自ら私の前にカップを戻した。
「・・・・・・」
濃い琥珀色の紅茶。
今日のお茶会の為にお母様と一緒に準備した。とくに口にするお茶とお菓子は、何種類も味見をして吟味した中から選んだものだ。
珍しい茶葉も口した。ある意味、大切な知識としてお母様から多種多様な茶葉をおそわった。
国内であれば、ルカ公爵領の切り立った山だけで栽培ができるムー茶が希少で美味だ。色が赤く香りが豊潤で素晴らしいかった。
あとは、ククル国のお茶は、茶葉を発酵させて独特な風味のもので香りがとても強い。
珍しいと言えばケインシュタイン公国の茶葉は、色が全くなくて透明なのだ。色が出るまで蒸らすととても苦くて飲めないけど、いい時間で入れたお茶は、色は透明ながらとても爽やかな味わいだった。
どれも本当に珍しいが、外交をしている家のものとしては、他国に精通していないと恥をかく。ましてや女性の社交はお茶会が主になるから、茶葉だけじゃないお菓子や茶器も話題として大切だ。領地や国の重要産業となっているところもあるのだから必要知識。
そんな吟味して選んだ茶を、冷めたからとカップから地面へ捨て、勝手にポットから雑に注いで出された。
丁寧さの欠片もない。
さらに気になることも・・・
サビーナ様はワゴン周りをくるくるまわって、ポットからカップに注がれた手元は死角になっていた。
意図的か?無意識か?
万一、意図的ならば理由は?
すんなりと出てくる答えは、恐ろしいが疑惑を向けることに躊躇いはなかった。
そこまで考えたが、これを飲む義理はない。
はっきり言えば、ここまでの彼女の言動態度は失礼千万。
招かれた客がすることではない。
お茶のおかわりは、命じればメイドたちが素早くやる。伯爵家のメイドたちは、みんな優秀だ。まるで役立たずというような彼女の行動には苛つく。
「ごめんなさい、わたくし、疲れてしまったみたいだから、下がろうと思います。」
頬に手をあて、薄く目を伏せ具合が悪いように見せた。
実際にサビーナ様と話していて、具合が悪くなった。
「・・・わたくしが入れたお茶を飲めないというのですか?」
座っている状態でふらりと如何にも具合が悪そうに椅子に凭れかかって、それをうまくクレアが支えるという傍から見てもそう見えるようにしたというのに、サビーナ様からは心配の声は出ない。
寧ろ出したカップに手を付けないことに憤慨して、低い声を出している。眼光は険悪さを隠しもしない。
どう言われようとも、カップに手をつける気はない。
私は、か細い声でごめんなさい・・・とさらにクレアに寄りかかった。
誰の目からも辛そうに見えるだろう。本来なら、すぐそばのサビーナ様が労りの声を掛けるべきだというのに・・・
長く膠着状態が続くと思われた中、この異様な空気をものともせず声をかけてくる強者。
「クラウディア様どうされたのですか?」
困ったところに現れるのは、いつの時代でもヒーロー的な騎士様、ではなく、オレンジと朱色のグラデーションが綺麗な髪の少し年上の令嬢だった。
読んで下さりありがとうございます。
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