琴明の仕事・前編
ここは大内裏、政を行う場所だ。
この国では二官八省と言われる組織に別れて政治を行っている。
ここで役人達が行う主な仕事とは書類の処理や政策を決める会議であるが、それと同じくらい重要なものがある。
儀式である。
朝廷では毎日のように何かしらの儀式が行われている。どの儀式も決められた手順があるので、貴族の中には柄杓の裏に記帳を記した紙を貼り付けて儀式に臨んでいる者さえいる。
大きな粗相さえしなければ間違えてもばれることはないと思うが、この国は響のような大雑把な性格をした者は少ないらしい。
また、儀式を重んじるということは、それだけ信仰心も強い。同時に、物の怪のような妖術を使うとされる非現実的な存在も信じられ、恐れられている。
そこで、陰陽師という職業がある。
陰陽師とは、陰陽道という学問によって加持祈祷をする者を指す。
時にその者達は、式神と呼ばれるものを操り妖術を使うとされる。
響は陰陽寮に所属する陰陽師・藤原琴明として戸籍を偽って二年前から朝廷に勤務している。
「おはようございます、清星様。」
「おはよう、琴明殿。今日はこの件について頼む。終わったらいつもの所に行ってくれ。」
「かしこまりました。」
陰陽頭・賀茂清星は響直属の上司であり、陰陽師を束ねる存在である。
浮世離れした雰囲気を醸し出すその姿は 耳順であるが姿勢が良く、引き締まった見た目から若く見える。
また、相当な切れ者だ。
琴明は自分の席に着き、今日の仕事の内容を確認する。
大体の内容はこうだ。
■□■
依頼人は兵部省の武人三人からだった。
最近、彼らの同僚の一人が長い体調不良の末亡くなった。死は不浄として忌み嫌われるため、遺体は速やかに清められるのだが、結棺師が妙な事に気づいたという。
結棺師がお歯黒を塗り直すために死者の口を開けると、歯茎が真っ青に染まっていたそうな。それだけではなく、爪にも紫の斑点が現れていた。
これだけでも呪いのようで不気味だが、依頼してきた三人にも先日、爪に紫の斑点が現れたらしい。
それからもいうもの、次は自分が物の怪に喰われる番ではないかと怯えながら過ごしているという。
■□■
「あー、なるほど…?」
「どうかしたか?」
「この件も物の怪の仕業ではないと思われます。ただ、幾つか疑問点があるので依頼者たちと直接話をできないでしょうか。」
「相変わらずだな。少し待て、兵部省に使いを出す。」
「ありがとうございます。」
清星は頭が柔らかい。
他の人物であれば認めない響の陰陽師としての在り方を認めてくれている。
それは響の仕事が的確であるからだろうが、とてもありがたい。
響は頭の中を整理しながら依頼者が来るまで湯を沸かしながらまったり待つことにした。
半刻後、顔色の悪い大男三人が陰陽寮に到着した。
体力が落ちているため、今は事務仕事をしているようだ。
さぁ、謎解きの時間だ。
わくわくするが、顔には出さないよう気をつける。
琴明は一息つくと言葉を紡ぎだした。
「いくつか質問がございます。よろしいですか。」
大男その一が勢いよく立ち上がった。
「質問も何も、早く物の怪を祓ってくれ!陰陽師とはそういう者だろう!」
「このままだといつ自分の番が来てもおかしくないんだ、今喰われたらお前の責任になるのだぞ!」
大男その二も加勢してきた。
二人とも体格のせいか、迫力が凄い。
響にとってとても面倒な客が来てしまった。
なぜか。
響は陰陽師という役職に就いていながら、厄祓いのような陰陽師らしきことはしない。
しないというか、自分の目で見ない限り物の怪の類を信じようと思わない。
何故そんな女が男装をしてまで陰陽師などという仕事をしているのかというと、類まれなる知識の豊富さと謎解きの才能を持っているからだ。
「私は無闇に物の怪を払おうとは思いません。何故ならより強い怨念を生み出してしまう恐れがあるからです。まず、より詳しいお話を伺います。それから物の怪たちが憑かなくなるよう進言致します。私の言う通りにして頂ければ物の怪も居心地が悪くなり、貴方様を喰らうことはなくなるでしょう。」
それらしい事を言っておく。
物の怪など存在しない。
陰陽師が言っていて笑えてくるが、それが事実である。人々が物の怪だと恐れる理由は無知であるが為に真実を知り得ないからだ。
「了解した。では、私が質問に答えよう。」
大男その三が初めて口を開いた。
他の二人と違い、静かに今まで様子を伺っていた。兵部省といっても脳筋ばかりではなかったようだ。
「一つ目の質問ですが、皆様は白粉をはたくことはありますか。」
青く変色した歯茎、爪に出現した紫色の斑点と聞いて鉛中毒を疑った。
鉛毒は全身に少しずつ蓄積していく。初期症状は疲労、睡眠不足、腹痛、貧血などだ。
これだけだとただの体調不良だと思うかもしれない。
しかし、実際は身体を蝕む毒である。
生活の中で鉛を摂取するとよく考えられるのは鉛白入りの白粉であるが、どうだろうか。
「いや、汗でべたべたして気持ちが悪いので基本は使わない。武官が儀式に出席する事もあるが年に数回程度だ。」
確かに、鍛錬の時に白粉なんてはたいたらベタベタして気持ちが悪いだろうし、陰陽寮に所属しているせいで忘れていたが、貴族ではない一介の武官では儀式に参加する機会は少ないだろう。
「では、先日亡くなった方と飲食を共にすることはありましたか。」
「あぁ、仕事が終わったあとはよく四人で酒宴をしていた。」
仕事を終えたら酒を飲みたくなるのはとてもよく理解できる。まさに至福の時である。
屋敷に帰ったら酒を取り寄せるように頼んでおこう。
「あいつの取り寄せる蜜柑酒はどれも美味かったなぁ。深い味だが清々しくて。」
「あれを当分飲めないなんて残念だ。いや、一生飲めないかもしれない。」
「一生飲めないなんてどんな酒なのですか?先程、“よく”宴会を開いていた、と仰っていましたが。」
「あいつの故郷は美味な柑橘がよく取れるんだ。都の近くに柑橘が良く育つ地域があるだろう?そこの果実を使った蜜柑酒は帝の御用達らしい。」
なるほど。
名産というのは本来の値段に少し色がつけられる。
しかも、帝御用達となれば国一の銘柄として謳われる。ともなれば、他の尊い身分の方々が買い占めるためさらに値段は跳ね上がる。
だが、死んだ男のようにその土地の生まれとなれば安く手に入れられるのだろう。羨ましい限りである。
酒の品質には全く問題がない。むしろ上等過ぎる。
酒が蜜柑酒であるなら原因はこうではないだろうか。




