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ある変人陰陽師曰く、  作者: 花咲泉
2/4

通勤

カタカタと心地よい律動(リズム)を刻む牛車の物見から、まだ静かな都を覗く。


空が朝焼けに染まっている。星はまだ、空の端の方に明るいものが見える。

今は二月であるから、五つ、六つの星がまとまって見えるのは“すばる”だろうか。

大人気女流作家が自身の随筆に美しいと書いただけある。青白い光が際立って美しい。

あと数日で秋まで見えなくなってしまうのは少し惜しい気もするがこれも世の理なのだろう。


この国の都は海を渡った大陸の都を模倣しており、風水の考え方で縁起が良いとされる地形に建設された。また、街は碁盤の目のように区切られている。


朝廷の置かれている大内裏(だいだいり)に近づくほど高貴な方々の屋敷が立ち並ぶ。

そこでは毎夜のように宴が開かれており、しばしば管弦の音が聞こえてくる。


(きょう)も一度、仕事の礼にと宴に招待されたことがあるが、人付き合いが苦手な身としては窮屈な場であった。

しかし、振る舞われる酒や料理はどれも絶品でついつい飲み食いしすぎてしまった。周りが少し引いていた気もするが、仕方がない、不可抗力だ。

管弦は有名な楽団が担当していて、少し楽器を(かじ)った程度の響からしても演者たちの腕の良さが分かった。


逆に、大内裏から離れるほど荒れていて治安も悪い。

この時代、どの国もそうであろうがこの国も貧富の差が非常に大きい。同じ都の中であってもまるで別世界のようである。


貴族とは違い、金の無い庶民は死ぬと埋められることはなく門の下などに棄てられるのがほとんどだ。

特に、都の入口の門の側は遺体が多く、匂いが酷い。そのため、狐狗狸や烏が肉を啄みにやってくる。


(何のための基盤なんだか)


街が碁盤のようになっているのは朝廷の目が届きやすいようにするためだそうだが、これでは全く意味を成さない。栄養状態も衛生状態も悪い、ましてや薬などないともなれば必然的に疫病が流行る。


響が生きている間はまだ疫病が大流行したことはないが、最後に起きた六十年前の大流行では貴族も多くが亡くなったらしい。


貴族たちによると流行が起きないのは昨今の政治が素晴らしいからだそうだが、そんなの偶然に決まっている。

市井の環境を改善しない限り、数年の内にも大流行が起きてもおかしくない。


(こんなこと考えていたら怒られそうだ)


貴族たちは不吉なものを大変嫌っている。


毎朝の占いで悪い結果が出たり、縁起の悪い方角と大内裏の方角が同じだったりすると仕事を休むほどだ。それを朝廷も公認している。

これを利用して仕事を怠ける奴らもいるというのに目を瞑っている。


占いなどに生活が左右されるなんてくだらねぇ、と響は思うが、それがこの国の、この時代の常識である。


常識というのは大変面倒臭い。


しかし、従わなければ出る杭は打たれるのだ。


何年か前、世の中の常識を否定した学者であり貴族でもある人が左遷され、そのまま亡くなった。

それからというもの、その学者を陥れた貴族達の周りで不幸が相次いだ。

極めつけには、殿上人のみ立ち入りの許される清涼殿に雷が落ち、死者が出た。


その不幸というのは幼子の死や沼に落ちたという事故だった。幼子の死というのは全くもって珍しくない。いくら家柄が良くても、可哀想だが、死ぬときは死ぬ。

七つになるまでは神の子であり、いつ連れてかれてもおかしくないというのが通説である。


いい歳したおっさんだが沼に落ちたらしいが、鷹狩の最中だったらしい。仕留めた獲物をその場で調理して食べる形式だったそうだ。

そこでは酒も出されていたのだろう。

酒が入った状態で山に入ったら沼に落ちた。

素面であったら助かったかもしれないが、これでは完全に自分と周囲の不注意である。


また、雷が落ちるのも珍しくない。

清涼殿に落ちたというのも、仏塔を覗いて都で一番高い建物なのだから他の低い平屋の建物と比べたら落ちやすいだろう。


どれも偶然起きたものだろうが、その学者と関わりのあった高貴な方々にとってそれはそれは恐ろしい呪いに違いない。


今ではその学者は学問の神として祀られている。


それ程、この国は常識から外れたものと不吉なものが大嫌いなのだ。


響はある理由から都の端の方にある保護者の別邸を使っているため、道中に庶民の家がある。


貴族の家は寝殿造と言われるもので、敷地内に庭や池がある立派な屋敷だ。


しかし、地に穴を掘り、藁を被せただけの庶民の家は太古からの造りと変わっていない。

野分の被害が酷いときは家が潰され、柱の下敷きになって死ぬ人も多い。庶民は大変過酷な状況下におかれている。


(それでも、()()()よりはましか…)


響は現在、ある大貴族殿に保護され、自身も貴族の一人のとして宮廷に出仕しているが、数年前は辛い環境におかれていた。


生まれたときから親と引き離され、外に出ることも許されず、木でできた箱のような窓もない場所に閉じ込められていたのだ。


生きるための最低限の食事はあった。

身の回りの世話をする者もいた。

有難いことに、()()()()をするために文字を与えられた。


しかし、世話をしてくれる人間は響のことを人間扱いをしていなかった。


響は偶然知識を手に入れるまで、()()()()をさせられていた。


(あの生活には懲り懲りだ。)


ため息をついて伸びをする。


今の響は貴族であり、貴族としての仕事のがある。


もうあの様なことをする必要がない。


今は、今、与えられた自分の役割を全うするのみだ。

自分を保護してくれた大貴族殿に恩返しするするためにも。


牛車は権力を見せつけるものであって、速度はとても遅い。心地よい律動も眠気を誘う。


(これは…まずいな)


大内裏の入口、朱雀門までまだまだある。


響は眠気に勝てなかった。

(すまない、忠道(ただみち)…)

そう思いながら意識を手放すことにした。


■□■


()()様、あと四半刻で到着します。」


中にいる主人に声をかける。


「んがっ…」ゴンッ、バタッ。


忠道は前簾から中の様子を見てため息をついた。


梅が綺麗に引いてくれたはずの紅は真横にのび、烏帽子も外れていた。


この時代、平安男児にとって烏帽子が脱げることは、人前で全裸にされたときの恥ずかしさと同等だ。

まだ牛車の中にいるので気にすることはないが、余計な仕事を増やさないでくれと忠道は思う。

しかし、衣に紅や白粉がついてないだけでも今日は幸いだった。


「入りますよ。」


懐の巾着から櫛と髪を固めるための油を取り出し、手際良く頭を直していく。

主人には紅と手鏡を持たせる。そのくらい、自分でやってくれと思う。


元々器用な方ではあったが、女性でも小姓でもない自分が人の髪を結うことになるなんて想像したことがあっただろうか。

武官である自分には必要のないはずの、身を整える道具が必需品になってしまった。


「出来ましたよ。」

烏帽子を固定しながら言う。

「いつもすまないな。」

「いい加減、寝相直しては如何ですか?」

「余計なお世話だ!」


通勤中、寝ないようにする、あるいは、寝ても化粧が崩れないようにする工夫は散々してきた。

しかし、どれも失敗に終わった。


主人の寝癖は、酷いときには牛車から足が突き出ていることもある。

もういっそ、全身を固定してしまえばどうだろうか。


「今度、木の枠組みをつくって全身を固定してしまうのはどうですか?」


冗談のつもりだった。


「それ、いい案だな。採用!」

響は目を輝かせてビシっと指をたてる。

「しかし、どの職人に頼もうか…」


もう、どこに発注するか考え始めている。

ここまで本気にしたら乗るしかない。


「仏師なら人型の骨組みを上手くつくることが出来るのではないでしょうか。」


人型の骨組みに粘土などを貼り付けて仏像をつくる手法がある。人の型の枠組みなど容易く作ることができるだろう。


「お前、天才か?!」

主人はまた目を輝かせている。

少年のようだ。


忠道は主人のこのような一面をいつも不思議に思う。

くだらないやり取りは響が出仕するようになってから毎日のようにしているが、妙にちぐはぐなのだ。

普段は年齢よりも聡く、落ち着いている印象だ。

しかし、時々子供じみているように感じることがある。


(仕事でぼろは出ないのだろうか?)


顎に手を当てて木枠の材質を何にしようかぶつぶつと考えている主人を横目で見ながらそう思うのだった。


■□■


門に到着した。

大内裏の入口なので朝早いが人通りは多い。

門番に役職と名前を記した木簡を見せて門を通過する。門を抜けるとすぐに牛車を停める場所がある。


「では、いつもと同じ時間でよろしいですか?」

「あぁ、そうしてくれ。」

「はい。では、お勤め頑張って下さい。」

「お前もな。」


忠道は響の従者だが、もとは武家の出身だ。腕は良いが、生まれた順番が遅かったため、朝廷の武官としての出世は見込めないとのことで、響の護衛として雇われながら武官として出仕している。


(あいつの給料ってどうなってるんだ?)

響に仕えてるということは大貴族殿に雇われているということだ。

自身の位は高くないとはいえ、宮廷に仕えてもいる。


(相当貰ってんじゃないだろうか。今度明細見てみるか。)


響はそんなくだらないことを考えながら自分の職場に向かった。


陰陽師・藤原琴明(ふじわらのことあき)として。



( ˘ω˘ )スヤァ…

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