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第4章 「紀州亭との再会」

 湊駅を後にした俺達が夜の街角を歩く事、おおよそ10分余り。

 小規模な町工場と店舗が軒を連ねている一角に、あのラーメン屋は「紀州亭」と染められた暖簾を掲げていた。

「いらっしゃい!お連れさんですね?カウンターへどうぞ!」

 見覚えある親父が、人情味ある気さくな口調で俺達を迎えてくれた。

 あの忘年会の日と、全く同じだ。

 だが、ラーメン屋の親父は確かに生きている。

 それだけが、あの日と違っていた。

「おじさん…」

 露亜(ろあ)の奴も、俺と同じ心境なのだろう。

 端正な面持ちには、切なさと寂しさの入り混じったような影が下りていた。

「どうしました、お嬢さん?まるで幽霊に会ったような顔しちゃって。私の顔に何かついてますか?」

 幽霊に会ったのは今ではなく、未来の話だ。

「いえ、なんでも…連れの知り合いに、似た人がいたもんで…」

 かなり苦しい言い訳ではあったが、何も知らないラーメン屋の親父に真実を話す訳にもいくまい。

 もうすぐ火事で焼け死んでしまい、幽霊のラーメン屋になるだなんて。


 露亜を宥めた俺は、彼女の隣のカウンター席へ腰を下ろしたんだ。

 聡明なようでいて、どうにも危なっかしい奴だ。

「俺は、チャーシュー麺にしますよ。」

「じゃ、私もそれで。」

 いつかの御礼も兼ねて、高いのを注文しよう。

 俺と露亜の考えは、同じだった。

 チャーシュー麺を待つ間、俺はシラフの頭で店内の様子をあらためたんだ。

 短冊状のメニューが壁面に貼られている、古き良き下町の中華蕎麦屋といった佇まい。

 間違いなく、あの店だ。

 現代で来店した時と違うのは、俺達以外にも何人か客のいた事位。

 常連客らしく、店の雰囲気にも慣れた物だ。

 だがこの半年後には、彼らの馴染みのラーメン屋は花火工場の爆発に巻き込まれて全焼してしまうのだけど…

「お待ち遠様、チャーシュー麺2つ!」

 憂鬱な思考を断ち切るような、威勢の良い掛け声。

 白い湯気が濛々と立つ丼が2杯置かれ、俺達は示し合わせたように割り箸を取り出した。

「ああ、この味…間違いない!」

 夢中で麺を手繰り寄せる露亜の、堪えかねたような呟き。

 それには俺も、同感だった。

 豚骨仕立ての醤油スープも、柔らかめに茹でられたストレート麺も、何から何まで記憶の中のラーメンと同じだった。

 醤油で煮込まれた分厚いチャーシューも、ダシと仲良く共存している。

 シラフで出直して良かったと、心から思える味だった。

「ふぅ、暖まったな…」

「うっ、ううっ…」

 湯気混じりの熱い溜め息を漏らす俺が何気なしに隣席を見ると、空の丼をカウンターに置いた露亜が、目元を押さえて震えていた。

「仕方ない奴だな、胡椒で蒸せたのかよ?」

 そうじゃないって事は、軽口を叩く俺自身が一番よく知っている。

 だけど、こうでも言わなかったら紀州亭の親父に怪しまれるからな。

「な…何でもありませんったら!」

 その事は露亜も分かっているのか、脇腹に抉り込まれた肘鉄は、拍子抜けする程に軽かったんだ。

 都市伝説を追っかけている変わり者だとばかり思っていたが、存外可愛い所もあるじゃないか。


 チャーシュー麺は食べ終わったものの、俺と露亜は紀州亭に留まっていた。

 俺は鯖寿司を肴にビールを飲んでいたし、露亜も茹で卵の殻を向いていたから、カウンターを占有する権利はまだあるんだ。

 和歌山式のラーメン屋に行くと、テーブルやカウンターに寿司や茹で卵が置いてある事に驚かされるだろうな。

 ラーメンだけじゃ足りなかった時のサイドメニューなんだけど、これが実に重宝するんだよ。

 茹で卵はラーメンの具にも出来るし、鯖寿司の爽やかな酸味で口の中をリセット出来るし。

 しかし露亜の場合は、単に小腹を満たすというよりは、何かを待っているようでもあったんだ。

 茹で卵は2つ目だし、その間に巻き寿司や水も挟んでいるし。

 それで俺も、付き合いでチョイ呑みしているって寸法なんだよ。

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