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第3章 「過去への旅路」

 寝落ちした俺を起こしたのは、肩を揺さぶる手の柔らかい感触だった。

「起きて下さい!上手くいったみたいですよ!」

「わ、分かった…分かったから、そう騒がんでくれ…起き抜けで頭がハッキリしてないんだよ…」

 半ば寝ぼけた頭を揺さぶると、露亜の興奮した顔が視界に飛び込んできた。

 後頭部で結い上げた黒いポニーテールが、派手な身振りに合わせてバタバタと揺れ動いている。

「嘘だと思うなら、あれを見て下さい!」

 白くて細っこい指で示す先にあるのは、なんばパークスのセールを告げる中吊り広告だった。

 その日付は10年前を示している。

「それに、みさき公園のキャラクターショーも!『不可思議姉妹 嵐のブロンテ』、懐かしいなぁ…」

 露亜が嬉々として見上げている、遊園地のイベント案内。

 そこに描かれているのは確か、オタク趣味な大学時代の友達がハマっていた女児向け番組のはずだ。

 そう言えばアイツとも、もう随分と会ってない。

 卒業式以来だから、あれから8年振りになるのだろうか。

 年賀状で近況のやり取りはしているものの、おいおい呑みに誘おうかな。

「こんなやり方で本当に10年前に来れるなんて、信じられん…!」

 露亜には悪かったが、半信半疑だった事は否定出来ない。

「事実は受け入れましょう。それより、準備は大丈夫ですね?」

 露亜の問い掛けに、俺は数枚の千円札を取り出す事で応じた。

 いずれも10年以上昔の旧紙幣だ。

-元の時代の現行紙幣なんて出したら、偽造と間違えられて通報されます。

 昨日の別れ際、露亜から執拗に釘を差された注意事項だった。

「小銭も極力、古いのを選りすぐって来たよ。ギザ10も何枚か見繕って来れたしな。」

 これも涙ぐましい努力の成果だ。

 両替やレジで釣り銭を貰う時には、「なるべく古いのに替えて下さい。」って頼み続けたから、近所の銀行やコンビニでは変な徒名をつけられているんだろうな…

 そう思うと、このまま10年前に安住してやろうかとも思えてくる。

「こんなのも持って来てるんだぜ!コイツがあれば、10人分の声だって聞けるんだぞ!」

「バッチリですね。でも…流石に聖徳太子のお札は、やり過ぎですよ。」

 渾身のボケのツッコミは、あまりにも淡泊だった。


「じゃあ、下を見ながら降りる事にしましょう。」

 湊駅へ降り立つと、露亜は奇妙な発言を残して俺から離れた。

 そうしてキョロキョロとプラットフォーム内を歩き回り、何かを拾い集める。

「アイツ、何やって…」

 高校生の若い娘らしからぬ奇矯な振る舞いに、俺は半ば呆れていた。

 だが、彼女の言動の真意は、改札を潜る時に理解出来たんだ。

「貴方の分です。それで通れますから。」

 小声で露亜が手渡したのは、この時代の日付が入った入場済み切符だった。

 恐らくは、この時代の乗車客が捨てた物だろう。

 捨てられた理由に関しては、詮索しない事にしよう。

「成る程…俺達が買ったのは、この時代じゃ未来の切符だからな。通しちゃくれないよな。」

 我が意を得たりとばかりに、ポニーテールの少女は小さく微笑んだ。

「元の時代の切符は、大事に持って下さい。帰る時に必要になりますから。」

 都市伝説の収集・考察ブログを運営しているだけあり、なかなか思考力の高い聡明な娘だ。

 社会の荒波に揉まれて常識に凝り固まった俺とは、えらい違いだよ。

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