六食目 ーー おにぎりを握ること ーー (5)
今日ばかりは、反省点を書いてしまう。
今日ばかりは、だけど。
5
肉を初めて利用したことは、成功したと自信を持てる。
自分の油断から疑われ、不甲斐ない結果になってはしまったが。
福原がいなければ、きっと白状してしまい、藤田に散々茶化され笑われていただろう。
これだけは絶対にバレないようにしなければ。
午後の休み時間、頬杖を突きながら、ノートと睨み合っていた。
大きさは○
焼き加減はもう少し強くてもいい。
味つけは……。
と、ノートの隅に書き加えていた。
普段はそうはしないけど、今日は自分でも気に入ったので、反省点を踏まえてつい書き出してしまった。
ノートはまったく関係のない現代文ではあるが。
ふと、教室の窓の外を眺めた。空は晴れていても、風が強いらしく、グランドの隅に植えられた木々の葉が強く揺れていた。
ノートを突いていたシャーペンが止まる。
もう少し、ショウガを入れてもいいか。あとは、醤油のタレを焼肉のタレに変えて焼いても……。
新たに書き加えようとしていると、どこかからか視線を感じてしまい、手が止まる。
誰かにバレた、と顔を上げて辺りを見渡す。教室では多くの生徒が席を立ち、仲のいい者と喋っている。
ざわめきが壁となって守られていた。ただ一人、福原を除いて。
ゆっくりと右へ視線を動かすと、隣の席で頬杖をつき突き、こちらを楽しそうに笑っていた。
「……その、さっきはありがと。助かった」
まだ落ち着かない。何か弱みを掴まれているみたいで息が詰まる。
それでも、昼休みは福原の機転がなければ、僕は終わっていたので礼を言った。
あくまで平静を装い。
「あ、それはいいの。それより何、それ? なんか楽しそうに見えたけど」
と強引に首を伸ばして、ノートを覗き込んできた。
「ーーん? これって…… 味…… って、もしかしておにぎりの反省?」
ノートの隅に気づいた福原は、目を輝かせる。
「まぁ、今回だけだけど、なんかその……」
もう福原に隠し事をしても意味がないはずなのに、途中で言葉に詰まってしまう。
上手く説明できなくて、椅子に深く凭れた。
「もしかして、肉巻きおにぎり、あんまり好きじゃなかった?」
「あ、違う、違う。それはすごく助かったよ。ただちょっと……」
すぐに手を振って否定した。福原の助言には本当に助かっている。
「物足りなかったんだよな」
ペン回しをしながら呟いた。この表現が一番しっくりときて、つい唸ってしまう。
「ーー物足りないって、味のこと?」
「わかんないんだ。それでちょっと書き出していたんだ」
ペン先でノートに書いた部分を指した。
ペン先に力を入れたまま、宙を見上げてしまう。閑散とした教室の天井が視界に入るだけで、名案は浮かんでくれない。
「だったら、やっぱり弁当箱を変えてみたらどうかな?」
「ーー弁当箱?」
キョトンとして福原を見ると、コクンと頷かれる。
「弁当箱って言っても、いろいろあるんだよ。楕円形だったり、四角だったり、二段式になっていたり。それこそ、材質が違っていたりしてさ」
福原は手で丸を作ったり、楕円を作ったりしてみせた。
「そうしたらさ、同じものでも、見た目の雰囲気が変わるかもしんないよ。それだったら、谷口くんの言ってる“物足りなさ”が埋まるかもしんないよ」
「……そうなのかな?」
どうもしっくりとせず、腕を組んで首を傾げてしまう。唇を噛み、頬を尖らせながら。
「ねぇ、谷口くんって今日、暇?」
自ら混沌の深みに足が奪われていきそうになっていると、意図の掴めない問いが耳に入ってくる。
一瞬、迷いそうな視線が福原を捉える。
呆然とする僕に、福原はニコッと笑う。
「もし、暇だったら、一緒に弁当箱を見に行かない? 私の知ってる雑貨店ってさ、いろんな形の弁当箱が置いてあるの。カワイイやつとか。それ、見に行ってみない?」
「ーーえっ?」
その笑顔は女神のような、慈愛に満ちており、心がざわめいてしまう。
あれ、動揺してる? 驚いてる?
あれ? あれ?
……えっ?
「ね、どうする?」
ここ最近、おにぎりを作っていて抱いていたのは空虚感。
確かに僕は料理することは嫌いじゃない。むしろ好きである。
でも何か気持ち悪さもあった。
それは面倒臭さとは違う。
姉の分を作らなければいけない苦労も当然ある。でも、やっぱり好きだから作ってしまう。
そんな矛盾した苦しさに悩んでしまう。
やはりしっくりくる表現は“物足りない”のである。
それを誰かに話すことも相談することもできなかった。
恥ずかしいから。
バレたくないから、ずっと黙っておくべきだと考えた。
それが当然だと考え、無意識のうちに辛いと感じていたのかもしれない。
でも。
悪いことばかりじゃないみたいだ。
「ーーね、どうする?」
「ーー行くっ」
悪いことばかりじゃないな、うん。




