六食目 ーー おにぎりを握ること ーー (4)
う~む。
変におかずにまで、手を出そうとしてしまっている。
4
強い視線がどうも痒かった。
昼休み、いつものように弁当の横にスイーツを置いた藤田。僕のおにぎりを眺めて呟いていた。
ちなみに、今日はプリンである。
「……やっぱ、上達してるよな」
自分の弁当を開ける前に、藤田は珍しそうに僕の弁当を眺めて呟いた。
今朝作った肉巻きおにぎりが二つ。
そのまま弁当に入れるのではなく、まずはレタスを敷き詰めた上におにぎりを入れた。白ゴマをまぶして。
あとは、それだけではとさらに思い、おにぎりができてからゆで卵を作っていた。
それを四つに縦の輪切にして、二つを入れ、あとは冷蔵庫にあった、プチトマト、魚肉ソーセージを詰めておいた。
残ったゆで卵などはどうなったのかは、聞かないでほしい。
本当はプチトマトを入れるべきか迷っていたけど、見映えを気にして入れておいた。
「ほんと、お前の彼女すごくないか?」
自分で作ったとは言えない。
しかし、元々はおにぎりだけにしていたのに、最近は下手なりにも、“おかず”を作ったりしている。
自分でも不思議ではある。そこまで作り込むのは、やはり最近おにぎりの具材に行き詰まっているからか、意識してしまっているのだろうか。
見映えを変えれば、気分が変わるか、と。
「まぁ、そうなのかな」
自分の出来に満足しているわけではなく、ついそんな返事をしてしまう。すると、藤田はキョトンとしてまばたきをしていた。
「お前、認めたな」
すぐさま口角をつり上げ、不敵な笑みに僕は頬を歪めていく。
別に認めてなんていない。ただ呆れて疲れただけである。
「何? また谷口くんのお弁当すごいの?」
藤田の声に、大野が気づいて入ってくると、福原もこちらを向いた。
「やっとこいつ認めたぞ。彼女のこと」
「またその話? 好きだね、藤田くんも」
興奮する藤田に対し、冷めた様子の大野。藤田にどこか呆れているように見えた。
福原と苦笑しながらも、視線を僕の弁当に向けると、表情が明るくなった。
「あ、でもほんと、なんか今日のすごいね。なんか、“がんばった”感が伝わる」
最初は冷めていた態度をしていたのに、おにぎりを見て大野の目に光が宿る。
「ねぇ、谷口くん、彼女に何かしてあげた? そのお礼でこれ?」
呆れていたんじゃないか、とツッコミたくなる。
「……だから違うって……」
正直、今となってはおにぎりを褒められるのは嬉しくなっていた。
それでも、水を得た魚みたく、語尾を上げて盛り上がる藤田に、僕はうなだれた。
ここは早く食べ切ってしまおうと、はしを掴む。
「でも確かに手が込んでるね。綺麗」
弁当箱を奪い取ろうとすると、福原は言う。
ふと頭を上げると、福原は屈託ない笑みを弾けさせた。
事情を知る福原に言われると、胸が熱くなってしまう。
「これを朝にするんだから、大変だと思うもん」
「まぁ、そうだけど。でも思ったより簡単だった。肉を巻いて焼いてしまえばーー」
一つの肉巻きおにぎりに箸を入れたとき、ふと手が止まる。
一瞬、静寂が広がり、教室のざわめきが聞こえた。
ーーん? と顔を上げると、藤田と大野の不可解な眼差しが僕に注がれていた。
ただ一人、福原だけが「いいの?」と問いかけるような戸惑う眼差しを僕に注いでいる。
二人に気づかれないように。
「あ、いや、多分だけどね」
慌てて弁解するが目が泳いでしまう。
「ーーえっ? お前がこれーー」
「ーーそんな簡単じゃないよ。ちゃんとおにぎりの大きさも考えないといけないしさ」
「ーーそうなの、美里?」
「うん。だって、大きすぎると弁当箱に入らなくなったりもするし。だからダメだよ、簡単なんて言ったら」
咄嗟に機転を利かせた福原。最初は何を言っているのか気づかなかったけど、福原の目配せに気づき、「あ、だな」と慌てて頷いた。
「大きさとかも、結構重要なんだよ。小さかったり少なかったりすると物足りないし、大きすぎると入らなかったり、蓋が閉められなかったりって」
「それをお前、やってるの? すげぇな」
「毎日スイーツを飽きないで食べる藤田くんには負けるけどね」
「あぁ~。それはわかる。私は怖くて食べられないもん」
完全にごまかせたとは思っておらず、危うさを抱いていると、さらに福原が続けてくれた。
藤田に意識が向くように。
まだ疑って目をすぼめていた藤田。スイーツの話題が出て、視線を福原に移した。
「そうか? 俺は全然飽きないけど?」
「いや、そういう問題じゃないっ」
あっけらかんと答える藤田に、大野は嘆く。
話題は上手く藤田の好物であるスイーツに移り、ホッと胸を撫で下ろした。
福原はそれをおかしそうに見ていた。鶏そぼろのご飯を食べながら。
ほんの一瞬の気の緩み。
ちょっとだけ、油断してしまった……。




