六食目 ーー おにぎりを握ること ーー (2)
いつしか変な物足りなさがあった。
それがずっと拭えない。
2
今日のおにぎりも、我ながら成功である、と自信を持っていたのに、なぜか胸にはモヤモヤが竦んでしまい拭えずにいた。
今朝、おにぎりを握っているころから、この気持ち悪さに苛まれていた。
実を言うとここ数日、おにぎりに物足りなさを抱いてしまっていた。この前のサンドイッチを作ったころから、より強く。
なぜだろう、と悩みながらも、学校に着いていた。
自分の席に着き、スマホを眺めてしまう。新たな発見がないものか、と期待しながら。
ふと周りを見渡すと、教室には登校した生徒が増え、いくつかの集団に分かれて賑わっていた。
藤田はまだ来ていないようだ。
誰かにスマホを覗かれないようにしなければ、と用心してしまう。
おにぎりと入力して検索すると、いろいろと興味深いレシピは出てくるけど、どうも気に入ったものは見当たらなかった。
納得できずに「う~ん」と唸りながら顎を擦ってしまう。
つい難しい表情になりながら。
「ーー新しいおかずの検索?」
「ーーっ」
咄嗟の出来事に体がビクッとして、スマホが一瞬宙に舞う。慌てながもスマホを上手く掴む。
床に落とさずに済んで胸を撫で下ろして、声のした方向に恐る恐る顔を向けた。
すると、椅子の斜め後ろに立って、首を伸ばしていた福原の笑顔が迎えてくれた。
驚愕から体が萎縮してしまう。
「……福原…… お前、何回脅かすんだよ」
「だって、本当に驚いて楽しいんだもん。谷口くんって」
突然声をかけられるのは何回目だろうか? 話しかけられるのは嫌いじゃないが、心臓に悪い。
「ーーで、何かいいおかずでもあった?」
「ちょっ、ちょっ、待ってってば……」
周りを気にせず話す福原に、僕は焦って制止するが声が詰まる。
「大丈夫、大丈夫。みんな、そんなに聞こえてないって」
心配するのをよそに、福原は手を小さく振り、自分の席の椅子にこちらに向かって座った。
一度辺りを見渡した。確かにみんなこちらを見ていなかった。
「それでどうしたの? やけに真剣だったけど」
福原は僕のスマホを指差して聞いてきた。レシピサイトを観ていたのはすでにバレているみたいだ。
「あぁ、実はさ、最近おにぎりの具がさ、行き詰まりというか、ネタ切れというか。それで何か新しいのないかなって。それで探してた」
福原にはもう隠す必要がないので、素直に話した。
「ちょっと飽きた、みたいな?」
「うん。そんな感じかな」
福原の指摘に素直に頷いた。そうなのである。ちょっと飽きていたのである。
「何かいい方法でもある?」
自分で弁当を作っているのは福原の方が先輩である。その経験を伝授してほしかった。
福原は少し宙を眺めたあと、
「そんなに難しく考えなくてもいいじゃん」
「いや、そんなに簡単に言われてもさ。福原はないの? おかずに悩んだりすること」
「そりゃあるよ。たまに迷ったりすること。私の場合、基本に戻るというか。自分の好きなものを中心に考えたりするよ。好きなものだったら、すぐ浮かぶし、何より嬉しいじゃない。お弁当を開けて好きなものばっかり入っていたら」
そこで福原は目を細め、嬉しそうに笑った。それこそ遠足の弁当を開けて喜ぶ子供みたいに。
「まぁねぇ。でも、僕の場合、おにぎりだし。具材が限られてくるんだよね」
お手上げ、と机に寝そべって頬をつけ、うなだれた。
「ねぇ、谷口くんの好きなものってなんなの? そういえば」
首を伸ばして聞いてくる福原に、僕は宙を眺めて考えてしまう。
「やっぱ、肉かな」
これは前にも考えたことがあったな。だから今日はすぐに浮かんだ。
「肉って、範囲が広いな」
漠然とした答えに、福原は苦笑する。
「それかさ、一層のこと、お弁当箱を変えてみるとかは?」
「ーー弁当箱?」
椅子に凭れて言う福原。得意げな顔になる福原を見上げた。
「うん。いつもと雰囲気が変わって、気分も上がりそうじゃない? それに新しいのってなんか嬉しいでしょ」
「う~ん。そうなのかな? 僕はそんなにこだわりはないからなぁ」
「また、そんな寂しいこと言う。まぁ、ちょっと考えてみれば?」
そうなのかなぁ……。
「あ、それとお肉が好きなら、おにぎりでもーー」
「なに、話してんだ、お前ら?」
何かに気づいた福原の声を遮るように、弾んだ男の声が割り込んでくる。
藤田である。
聞かれた、と一瞬眉をひそめ、福原と目が合った。一番聞かれたくない奴が来た。
僕の不安を察したのか、福原が小さく頷く。
「谷口くんの彼女のことで相談受けたたの」
「ーーぬあっ」
とんでもない福原の発言に、うつぶせになっていた顔を上げ、福原を凝視した。
福原は無垢な笑みでガードしている。
「なっ。お前、やっぱ彼女いるのかっ」
藤田の叫喚が教室に響く。
ややこしい奴に火がついてしまった。
どうやってごまかすべきか……。
忘れていた頭痛が一斉に襲ってきた。
原点回帰。
自分の好きなものを思い返すしかない。




