一食目 ーー どういうことだよ、これは? ーー (2)
不安しかない。
今さらながら、冗談なのか、と聞きたくなる。
2
あれは冗談だったのか?
本気で言っているのならば、僕らにとっては由々しき問題である。
「ちょっと、どうするのよ、あれ」
夜中の十二時を回ろうとしていたころ、気がかりになってリビングのソファーにいた僕に、パジャマ姿で乗り込んできた姉が、開口一番に怒鳴ってきた。
「んなこと僕に言われたって、仕方ないだろ」
ソファーに座ってスマホをいじっていた僕。突然の怒鳴り声に驚き、体を逸らすが声が上擦ってしまう。
僕の反論なんて意にも介さず、姉は憤慨しながら向かいのソファーに腰かけ、腕を組んだ。
「まさかお母さん、本気じゃないでしょうね」
「わかんないさ。ちょっと疲れてあんなこと言ったのかもしれないし」
「まったく、お父さんも全然話に乗ってくんないし」
「父さんは仕方ないさ。関係ないもん。仕事でも食堂に行ってんだから」
「だから、ムカつくのよっ」
別に父親を擁護するつもりではなくても、怒りの矛先を父親に向ける姉を制する。
無論、眉間にシワを寄せ、聞く耳を持ってはいないのだが。
このままでは僕までが被害を被りそうだ。ってか、なんで文句を言いに来たんだ?
「でも、母さんなんで急にあんなことを言い出したんだろ」
ソファーに凭れ、最大の疑問をもらした。逃げるようにして。
「それがわからないから、苦労してんでしょ」
同じようにうなだれる姉。やはり見当がつかない。
「お母さん、言ってたけど、あんた何か変なこと言った?」
「別に言ってねぇよ。それ言うなら姉ちゃんだってーー」
「私はそんな酷いこと言ってないわよ。ちょっと相談しただけ」
僕が咎めようとすると、すぐさま言葉を被せて否定する。
ダメだ。まったく罪悪感は抱いていないらしい。
「それにそんなのかなり前のことよ。それでもちゃんと次の日にはお弁当作ってくれてたわよ」
「……だよな」
やはり見当がなく、互いに頭を抱えて唸り声だけが木霊する。
「ーーで、明日あんたどうするの?」
そこで幾分姉は神妙な口調となり、僕を真剣に見て聞いてくる。
僕は手を頭の後ろで組み、天井を眺め、
「まぁ、まだ本気かもわからないけど、最悪の場合はコンビニかな。うちの学校の校売、数が少ないくせに倍率高いからなぁ」
学校の一角にある売店を思い浮かべた。
お茶を買いに行ったとき、パンを買うのに生徒が群がっていたのが頭によぎってしまう。
あのなかに入って競争するのは疲れそうで、頬を歪めた。
一度かぶりを振り、現実に戻った。
「ハハッ。まだあそこそうなんだ。変わってないんだ。まぁ、確かに売店に並んで昼休みが短くなるのが嫌でお弁当、って子も多かったしね」
姉も僕と同じ高校の卒業生である。だから昼休みの状況を理解しており、僕の苦労も伝わり、昔を懐かしむように笑う。
「姉ちゃんはいいじゃないか。会社に食堂はあるんだろ?」
「そんな勝手な。そんなことないわよ」
「いいじゃんか。給料もらってんだからさ」
ちょっと嫌味である。すぐさま姉は眉をひそめる。
「それはあんたがバイトをしないからでしょ。それに私にだって交際費ってのがあんの。いろいろと忙しいの」
忙しいって、飲みに行ってるだけだろ。
とは、決して口には出せないので、声を押し殺した。
ましてや今、バイトをしていないのは事実。そこを突かれると文句は言えない。
「まぁ、明日の朝になったら大丈夫だろ、多分。疲れてたんだって」
ここは話を逸らしておこう。多少強引ではあるのだが。
「……だといいんだけどね」
まだ不安が残っているのか、唇を尖らせて釈然としない姉。それは僕も同じなので頷き、天井を仰いだ。
冗談であってくれ、と。
明日、明日はどうすればいいんだ?
最悪の場合も考えなければ……。