四食目 ーー 自分のために作ってる、よな。 ーー (2)
逆らえない。
逃げられないのである。
2
自分の好みすらも鈍ってしまうのは問題である、と内心では怯えながらも、その呪縛からは逃れられない。
何しろ、今は姉の分までおにぎりを作らなければいけなくなったのだから。
しかも、姉は好き嫌いが多い。それを考慮して買い物をしなければいけないのだから。
姉の機嫌を伺わなければいけないのは、我ながら惨めになってしまう。
逆らえぬ運命を諦めて、藤田と別れたあと、僕はまたスーパーに立ち寄っていた。
いつしか弁当の材料の買い出しも僕の日課になっていた。作る本人が調達する方が効率がいい、と母親の言い分である。
まぁ、その費用は頂いてはいるけども。
店内を歩いていると、またしても藤田の言葉が甦り、自分の好物はなんだろう、と考えてしまう。
精肉コーナーの前を歩いていると、ふと足が止まった。
“セール”と大きくシールの張られた牛肉が目に留まる。
確かに肉は好きだ。焼肉からしゃぶしゃぶ。豚カツに唐揚げ。大方が好きである。
僕の好物は肉なのかもしれない。しかし、顔を傾げてしまう。
「肉は具材にするの難しいだろうな」
もう自分でも狂っている、と嘲笑したくなる。すぐさまおにぎりの具材として考えてしまうのだから。
これはある種の職業病である。
何しろ、もうカゴのなかには具材となる商品か入っている。ツナに定番とも言える……。
「ーー梅干し、それに明太子に、シラスと青じそ?」
うん。そうである…… ん?
今の声は僕ではない。どこか聞いたことなある女の子の声。その声は……。
ドキッとして辺りをキョロキョロとしていると、左横で顔を屈め、カゴのなかを覗き込んでいる女の子がいた。
「……福原?」
髪の短いどこか見覚えのあるボーイッシュな髪。聞いたことのある声に、つい声を発していた。
僕の声に女の子が顔を上げると、満面の笑みを献上されてしまう。
突然現れた福原美里に。
「なんで、お前ここに?」
「ーー? なんでって、買い物だよ。お弁当のおかずをね」
声が上擦ってしまいそうなのを必至に堪えて聞くと、福原は嬉しそうに自分のカゴを揺らして見せた。
「あ、そっか。そうだよな……」
なるほど。弁当は自分で作る、と言っていたな。でも、なんで……。
「谷口くんは……」
「あ、いや、僕は買い物?」
「そりゃ、そうでしょ。ここスーパーだもん。何、変なこと言って」 動揺を隠せずオドオドしていると、福原はより頬を緩めて笑った。
「にしても、なんだろこれ?」
そこで福原は物珍しそうに僕の買い物カゴをマジマジと観察し始めた。
しばらくして、指差し確認をするまでに。
「なんか、これ、おにぎりの具材?」
顔を上げた福原は呟く。しかも、淀みのない真っ直ぐな眼差しで僕に問うようにして。
鋭い……。いや、藤田のような野性の勘ではなく、経験からなる指摘なのか。
「あ、まぁ、うん。頼まれて」
深く追求されてしまうと、いつボロが出るか危うい。それなのに、不用意に目が泳いでしまう。
「へぇ~。でも、ちゃんと買いに来るんだ」
「まぁ、うちの親、うるさいからさ、こういうの……」
ヤバい、としか言いようがない。この場を早く逃げたいのに、走ってしまうとそれこそ不自然になってしまう。
ここは嘘を突き通すか、福原が納得して去るまでじっと耐えるしかない。
冷や汗が額に滲んでしまいそうななか、期待とは裏腹に、福原は去ろうとしない。
まるで、僕の嘘を見透かしたみたいに目をじっと見つめ、満面の笑みを献上してくる。
その無垢なる笑みは、藤田のような思惑たっぷりの笑顔とは違い、済みきっていたからこそ、怖くもあった。
しかし、ここは耐えなければいけない。己の権威のために。
ごまかせっ。
ごまかすしかないのだ。
例え、鋭いことを言われたとしても。




