三食目 ーー このまま慣れていくのか? ん? ーー (8)
一言でいい。
一言だけでも文句は言いたい。
黙ってなんていられない。
8
夜。
リビングのソファーに座り、テレビを見ていた。いつものように、父親はビールを飲んでおり、母親は奥のテーブルで間違い探しの本を見ていた。
姉はまだ仕事から帰ってきていない。
どうしても一言は文句をぶつけたいと、内心爆発しそうになっていると、玄関の扉が開く音がした。
帰って来た、とテレビを見ながら腕を組んでしまう。
ややあって、リビングの扉が開かれた。
「あれ? みんないたんだ。ただいま」
三人がいることに一瞬たじろいだあと、何事もなかったみたいに言い、テーブルに向かう。そこで椅子に荷物を置くとそのままキッチンに進んでコップを取ると、冷蔵庫からお茶を出した。
注がれたお茶を一口飲んだところで、僕に視線を向けた。
「あぁ~。今日はありがとね。ほんと助かったわ。美味しかったし」
「何がありがとだよ」
すぐさま僕は姉を睨んで文句を放つも、姉は受け流してしまう。
実は今朝、姉の分のおにぎりも作っていたのである。
不本意であり、嫌々である。そう、仕方なく。
「とか言いながら、ちゃんと二人分のご飯炊いていたじゃないか」
僕の怒りに水を差すように、向かいに座っていた父親が割り込んでくる。
「だから、それは仕方がなくだよ。今日は特別なんだ」
僕が声を荒げるがと、「ほんとか?」と疑いの目で首を伸ばしてくる。ダメだ。もう頬が赤くなっている。すでに酔っている。
それに父親はすぐに姐の肩を持つ。もう助けは期待できない。ここは一人で争うしかない。
「明日からは勝手にしろよな」
「う~ん。そうね。勝手にするから、明日もよろしく」
だから、なんなんだ、その屁理屈は。
「いいじゃない。別に」
どう切り返そうか悩んでいると、とんでもない助言が飛んでくる。
母親である。
どこまでも中立的だと信じていた母親なのに、急に姉の肩を持つような発言をしてきた。
疑いの眼差しを母親に向けると、疑いのないまっすぐな視線とぶつかってしまう。
しかも、隣では勝ち誇ったように、姉が目を細めている。
「だったら、貴樹がずっと作ってみる?」
それはまさに裁判官の放つ判決である。
我が家での実権を握っているのは、実質的に母親である。何か揉めごとが起きても、母親の鶴の一言で解決してしまう。
誰も逆らえない。
弁当を作らなくなったのは、姉が作るよう仕向けるためではなかったのか?
そんな反論を聞き入れてくれる隙はなく、母親はまた間違い探しの本に視線を落とし、没頭し始めた。
「じゃ、明日もよろしくぅ」
途方に暮れる僕に降り注ぐ弾んだ姉の声。僕の訴えは届かず、無残に砕けてしまった。
「じゃ、そういうことで」
勝手に決められている。
抵抗は何もできない。




