三食目 ーー このまま慣れていくのか? ん? ーー (6)
認めたくない物体がキッチンにある。
視界から離れてほしいのに。
6
昨夜のことは悪夢であったと、今朝起きたときに襲った頭痛に言い聞かせた。
そう、ただの聞き間違いだと。
部屋を出て大きくあくびすると、頭痛を退かすけど、キッチンに辿り着いたとき、目眩が起きそうになり、足が止まった。
あの黄色の弁当箱がシンクに置かれていたのである。
昨日、苛立ちからソファーの前にあるローテーブルに置き去りにしていたはずなのに、である。
考えられるのは姉しかいない。夜中にでも嫌味を込めてここに置いたのだろう。僕に対して。
そして、確実に目につくところに、といやらしさも込めて。
そんなことをしても、絶対に作りはしない。
弁当は無視をして作業に移っていた。ご飯はすでに炊けている。
空のボールを取り出してから、冷蔵庫を開いてみた。
「……今日は何にするべきか……」
鮭、シラス、昆布、もう一通りの食材は試していたので、あまり乗る気にはなれない。
あまり浮かばず頭を掻いてしまうと、チルド室にある白い小皿に目が留まった。
小皿を取り出すと、ラップに覆われていた。それを捲ってみると、ヒジキの煮物が入っている。
これは昨日の夕食の残りであった。
「……残り物か……」
そういえば、前に母さん言っていたな。残り物は使ってもいいって。
以前、姉が母親に懇願しているなかで、そんなことを言っていたことを思い出した。
「……よし、使ってみるか」
小皿をカウンターへと置くと、再び冷蔵庫と睨み合った。もう一種類は何にするべきか。
また梅? それともツナマヨ? いやそれともシンプルに塩にぎりにするか?
いや、それならまた見た目が寂しいか……。
頭のなかで数個のおにぎりを握ってみても、どれも上手く噛み合ってくれない。
「一つがヒジキだから、もう一つは……」
「ーーおっ、やってるな」
具材が決まり、ヒジキの横に置いていると、起きて来た父親が声をかけてきた。
今日も父親が一番らしい。ってか、もうそんな時間か。
おはよ、と声をかけつつ、準備に動く僕を父親は黙って感心して見ていた。
「ーーん? なんだ、この弁当箱? お前のにして派手だな」
すると、例の弁当箱を見つけて不思議がる。僕は瞬時に眉をひそめる。
「姉ちゃんだよ。僕についでに自分の分も作れって。昨日の夜に持ってきた」
「へぇ~。恵那の分も作るのか。お前、偉いな」
「まさか。作んないよ、面倒だし」
感心する父親を裏切るように即答し、二つのボールを取り出した。
僕の反応に父親は「えっ?」と首を傾げた。
そんなことより、おにぎりである。
まずは炊飯器を開き、炊きたてのご飯をほぐす。炊きたての温かい湯気がいい香りを運んで、僕の頬を綻ばせた。
このご飯をボールに移すと、残り物であったヒジキの煮物を投入。ヒジキに人参、コンニャクに油揚げ。具材としては充分だし、味付けもすでにあるので、このまま混ぜればいけるだろう。
そしてもう一つは……。
今日は気持ち「和」でいってみよう。
小さく自分に言って頷くと、パックに入った“シラス”を手に取った。
冷蔵庫には豆腐もあったので、父親の酒のアテとして買っておいたのだろう。
豆腐の上に乗せて食べるつもりだったのだろう。
それを拝借しよう。
ヒジキとは別のボールにご飯を入れ、そこにシラスを入れる。
う~ん。これだけじゃ物足りないな。これだったら、青じそも買っておいてもよかったな……。梅干しでも入れるか?
シラスに合う具を探して迷ってしまう。
カウンターを指で突きながら考えていると、ふと指が止まる。
引き出しを開き、調味料から白ゴマを出し、ボールへと入れた。
「手際よくなってきたな」
それまで黙っていた父親が話しかけてくる。
「ただの慣れだよ」
ぞんざいに応えながらしゃもじで混ぜていく。真っ白だったご飯に色が差し込んで華やいでいく。
まぁ、悪い気はなく、ちょっと顔は綻んでしまう。
「それだったら、恵那の分も作ってやりなって」
「だから、嫌だって」
まったく、どうしてそこまで甘いんだか。
憎らしく父親を睨んでみると、「どうだ?」と問いかけるみたいに、じっと僕を見ていた。
「……ったく。面倒なんだって」
なんでそんなに甘くなるんだ、まったく。




