三食目 ーー このまま慣れていくのか? ん? ーー (5)
気持ちが騒いでしまう。
それがある意味、自殺行為であったとしても。
5
どうも納得できないでいた。
気持ちが悪い。変に藤田らに疑われているのが腹立たしいのに、本当のことを言えないもどかしさが悔しい。
放課後、モヤモヤが晴れないまま、百円ショップに来ていた。
求めていたのはノートと、ついでに消しゴムも買っておこうと来ていた。
目的のものはすでに手のなかにあり、充分であったのだが、藤田のおかげで表明は優れないでいた。
何か気分が晴れるものはないか、と意味もなく店内を探索していた。
必要でもない日用雑貨のところを歩き、洗剤を眺めていくと、通路を挟んだ先がキッチン用品の売り場に移った。
お玉や菜箸、耐熱容器などが並ぶ先に、食器売り場に変わっていく造りとなっていた。
「……なんだ、これ?」
そこで足が止まった。
小分け容器に抜き型、キャラ弁の押し型といった、お助けグッズが並んでいた。
そのどれも、子供のキャラ弁に利用できそうなものがおおかった。
それでもこれまで利用せず、見よう見まねでおにぎりを作っていた僕にとっては、それらすべてがゲームに出てくる神器に見えて輝いてしまう。
一つを手に取り、ふと自分ならどんなものにするかと考えてしまう。
しばらく悩んでいたが、ややあってふと我に戻ってしまう。
いやいやいや、絶対に無理だろっ。
これを利用した弁当を学校に持って行けるのか、と自問していたとき、背筋が凍ってしまう。
そんなことをすれば、それこそもっと茶化されるのは目に見えている。そんな壊滅的なことなんてできるわけがない。
そんな冒険、いや自殺行為は止めてべきだと、本音とすれば後ろ髪を引かれる思いではあるが、棚に戻していた。
夜、十一時を回ろうとしていたとき、風呂から上がって、またネットでレシピを探そうと思い、濡れた髪をタオルで拭きながら、階段を昇ろうとしていたときである。
姉に呼び止められた。
呼ばれたリビングに入ってみると、ソファーのそばで笑みを浮かべていた姉。
僕はつい警戒色を強めてしまう。
服装からすると、今仕事から帰って来たところだろう。
「なんだよ、変な笑い方して」
警戒からつい身を構え、声をひそめてしまう。姉は軽く受け流すと、黙ったまま手招きをする。
逆らうとうるさそうなので、素直に従いソファーのそばに進んだ。
「あんた、まだちゃんと弁当を作ってるんでしょ。だから、これ」
意味もわからないままでいると、何かを差し出してきた。
「なんだよ、これ?」
「見てのとおり、弁当箱よ」
姉が持っていたのは、楕円形の小さな黄色い弁当箱であった。
「ーーんで、これがどうかしたのか?」
「だから、これに明日から私の分もお願い」
お願い、の声が急に猫なで声になり、より背筋が寒くなる。
「ハァッ? 何、言ってんだよ。嫌だよ、そんなの」
いきなりの出来事に、声が上擦ってしまう。
「だって、そうじゃない。一人分も二人分も同じでしょ。だから」
姉の表情が一瞬曇る。頬がピクッと引きつるのを見逃さなかった。それでも僕も引けない。
「ね、お願い」
と無理に弁当箱を押しつけてくる姉だが、僕はそれを手の平で拒んだ。
そんな都合のいい話があるかっ。
しばらく弁当の押し問答を繰り返していたが、姉も一歩も引こうとせず、ラチがあかない。
何か諦めさせることをしなければ。
「……わかった。だったら千円。一食につき、千円くれよ。それだったら、作ってやるよ」
一度溜め息をこぼし、一口の提案をしてみせた。無茶苦茶なことと自覚しながら。
半ばケンカを吹っかける勢いであった。
予想どおり、姉の手も止まり、癇に障ったらしく眉間のシワが少し深くなっていく。
油を差すように「どうする?」と、憎らしく口角を上げてやった。
これで諦めろ、と内心で願っていると、姉は下唇を噛む。
「うん。だからこの弁当箱を渡してんじゃん」
諦めた、と安堵していたときに、姉の不可解な言葉が耳に届く。今度は立場が逆転して、僕の眉は歪む。
「これね、千円以上したの。だからこれで千円。ね、そういうことでしょ」
「ハアッ? なんだよ、その屁理屈。そんなのできるかって」
つい怒鳴ってしまうが、姉は引き下がろうとせず、満面の笑みを振る舞う。
「ハイハイ。そんな喜ぶことないでしょ。毎日、この弁当箱を使えるんだから」
反論する隙も生まず、無理矢理僕の手の平に弁当箱を乗せた。
まるで僕が弁当箱を受け取るような形にして。
「じゃぁ、そういうことで」
そこで小さく手を振り、すべてを僕に押しつけると、荷物を抱えてリビングを出ようとする。
そこですぐに断ればよかったのだが、呆気に取られて立ち尽くしてしまう僕。隙を突かれて逃げられてしまった。
なっ、と声がもれて振り返ったとき、タイミングよく姉が立ち止まり、振り返った。
「あ、私ピーマン嫌いだから、それはおかずに入れないでね」
「僕が作ってるのはおにぎーー」
って、そうじゃないっ。
「じゃぁ、明日からよろしくね」
もう僕の怒鳴り声は届いていなかった。怒鳴るだけ疲れるだけである。でもーー
絶対に作るかっ。
絶対に作らない。
作ってなるものかっ。




