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おにぎり日和   作者: ひろゆき


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21/41

 三食目  ーー  このまま慣れていくのか? ん?  ーー (5)

 気持ちが騒いでしまう。

 それがある意味、自殺行為であったとしても。

           5



 どうも納得できないでいた。

 気持ちが悪い。変に藤田らに疑われているのが腹立たしいのに、本当のことを言えないもどかしさが悔しい。

 放課後、モヤモヤが晴れないまま、百円ショップに来ていた。

 求めていたのはノートと、ついでに消しゴムも買っておこうと来ていた。

 目的のものはすでに手のなかにあり、充分であったのだが、藤田のおかげで表明は優れないでいた。

 何か気分が晴れるものはないか、と意味もなく店内を探索していた。

 必要でもない日用雑貨のところを歩き、洗剤を眺めていくと、通路を挟んだ先がキッチン用品の売り場に移った。

 お玉や菜箸、耐熱容器などが並ぶ先に、食器売り場に変わっていく造りとなっていた。

「……なんだ、これ?」

 そこで足が止まった。

 小分け容器に抜き型、キャラ弁の押し型といった、お助けグッズが並んでいた。

 そのどれも、子供のキャラ弁に利用できそうなものがおおかった。

 それでもこれまで利用せず、見よう見まねでおにぎりを作っていた僕にとっては、それらすべてがゲームに出てくる神器に見えて輝いてしまう。

 一つを手に取り、ふと自分ならどんなものにするかと考えてしまう。

 しばらく悩んでいたが、ややあってふと我に戻ってしまう。

 いやいやいや、絶対に無理だろっ。

 これを利用した弁当を学校に持って行けるのか、と自問していたとき、背筋が凍ってしまう。

 そんなことをすれば、それこそもっと茶化されるのは目に見えている。そんな壊滅的なことなんてできるわけがない。

 そんな冒険、いや自殺行為は止めてべきだと、本音とすれば後ろ髪を引かれる思いではあるが、棚に戻していた。



 夜、十一時を回ろうとしていたとき、風呂から上がって、またネットでレシピを探そうと思い、濡れた髪をタオルで拭きながら、階段を昇ろうとしていたときである。

 姉に呼び止められた。

 呼ばれたリビングに入ってみると、ソファーのそばで笑みを浮かべていた姉。

 僕はつい警戒色を強めてしまう。

 服装からすると、今仕事から帰って来たところだろう。

「なんだよ、変な笑い方して」

 警戒からつい身を構え、声をひそめてしまう。姉は軽く受け流すと、黙ったまま手招きをする。

 逆らうとうるさそうなので、素直に従いソファーのそばに進んだ。

「あんた、まだちゃんと弁当を作ってるんでしょ。だから、これ」

 意味もわからないままでいると、何かを差し出してきた。

「なんだよ、これ?」

「見てのとおり、弁当箱よ」

 姉が持っていたのは、楕円形の小さな黄色い弁当箱であった。

「ーーんで、これがどうかしたのか?」

「だから、これに明日から私の分もお願い」

 お願い、の声が急に猫なで声になり、より背筋が寒くなる。

「ハァッ? 何、言ってんだよ。嫌だよ、そんなの」

 いきなりの出来事に、声が上擦ってしまう。

「だって、そうじゃない。一人分も二人分も同じでしょ。だから」

 姉の表情が一瞬曇る。頬がピクッと引きつるのを見逃さなかった。それでも僕も引けない。

「ね、お願い」

 と無理に弁当箱を押しつけてくる姉だが、僕はそれを手の平で拒んだ。

 そんな都合のいい話があるかっ。

 しばらく弁当の押し問答を繰り返していたが、姉も一歩も引こうとせず、ラチがあかない。

 何か諦めさせることをしなければ。

「……わかった。だったら千円。一食につき、千円くれよ。それだったら、作ってやるよ」

 一度溜め息をこぼし、一口の提案をしてみせた。無茶苦茶なことと自覚しながら。

 半ばケンカを吹っかける勢いであった。

 予想どおり、姉の手も止まり、癇に障ったらしく眉間のシワが少し深くなっていく。

 油を差すように「どうする?」と、憎らしく口角を上げてやった。

 これで諦めろ、と内心で願っていると、姉は下唇を噛む。

「うん。だからこの弁当箱を渡してんじゃん」

 諦めた、と安堵していたときに、姉の不可解な言葉が耳に届く。今度は立場が逆転して、僕の眉は歪む。

「これね、千円以上したの。だからこれで千円。ね、そういうことでしょ」

「ハアッ? なんだよ、その屁理屈。そんなのできるかって」

 つい怒鳴ってしまうが、姉は引き下がろうとせず、満面の笑みを振る舞う。

「ハイハイ。そんな喜ぶことないでしょ。毎日、この弁当箱を使えるんだから」

 反論する隙も生まず、無理矢理僕の手の平に弁当箱を乗せた。

 まるで僕が弁当箱を受け取るような形にして。

「じゃぁ、そういうことで」

 そこで小さく手を振り、すべてを僕に押しつけると、荷物を抱えてリビングを出ようとする。

 そこですぐに断ればよかったのだが、呆気に取られて立ち尽くしてしまう僕。隙を突かれて逃げられてしまった。

 なっ、と声がもれて振り返ったとき、タイミングよく姉が立ち止まり、振り返った。

「あ、私ピーマン嫌いだから、それはおかずに入れないでね」

「僕が作ってるのはおにぎーー」

 って、そうじゃないっ。

「じゃぁ、明日からよろしくね」

 もう僕の怒鳴り声は届いていなかった。怒鳴るだけ疲れるだけである。でもーー

 絶対に作るかっ。

 絶対に作らない。

 作ってなるものかっ。

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