表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おにぎり日和   作者: ひろゆき
2/41

 一食目  ーー  どういうことだよ、これは?  ーー (1)

 嵐とは、突然起きるものなのか?

 突然すぎるからこそ、耳を疑ってしまう。

             一食目



              1



 それはある日の夜のこと。

 午後十時を回っていた。この時間、珍しく一家四人が顔を合わせていた。

 父親はソファーに腰かけビールを飲み、つまみのピーナツを食べながらテレビを見ている。

 姉は風呂上りで、濡れた髪をバスタオルで拭きながら、お茶を飲んでくつろいでいる。

 僕も何気に父親の向かいでソファーに座り、スマホを操作していた。ピーナツを片手に。

 テレビでは漫才のバラエティーが流れていた。笑い声がドッとこぼれた。

 いや、笑えない。

 僕はキョトンとして背筋を伸ばしてしまう。

「ーーえっ? お母さん、今なんて言ったの?」

 テレビの笑い声が静まったとき、姉が上擦った声で聞いた。

 ダイニングのテーブルの椅子に座り、趣味の間違い探しの本を眺めていた母親に向けて。

 ーーえっ? と聞き間違いだったのかと僕も疑い、眉間にシワを寄せ、顔をそちらに向けた。

 一斉に注目が集まるなか、テーブルに開いた本を閉じ、フウッと息を吐いて肩を揺らした。

「だから、面倒になったのよ。毎日、お弁当を作るのがね」

「いや、ちょ、ちょ、ちょ。どういうことよ。それ?」

 バンッとコップをテーブルに置いて責める姉。信じられない、と目を大きく開いて。

「だからね、あなたたちのお弁当を作るのを止めるって言ったのよ」

「嘘でしょっ」

「ーーハァッ?」

 声を荒げて体を逸らす姉につられ、僕も立ち上がると声が漏れる。

「ちょっ、何、言ってんのさ、母さんっ」

 瞬時に身の危険を悟り、スマホをテーブルに放ると、僕も母親の座るそばに詰め寄った。

「ちょっ、それって冗談でしょ? 何かあったの? もしかして包丁で指でも切った?」

 突然の宣告に僕ら子供二人に動揺が走った。姉は必死に動揺を堪えながら、宥めるように温厚な声で聞き、母親の手先を気遣う。

 姉の心配をよそに、母親は軽くかぶりを振ると、僕ら二人の顔を見比べ、目を細めた。

 その姿に安堵し、二人して詰め寄っていた顔を逸らした。

 ったく、たちの悪い冗談だよ、まったく。

「もう、疲れちゃったのよね。毎朝作るのがね~」

 嘆くように呟く母親。思わず僕と姉は顔を見合わせてしまう。

 マジ?

 と無言の問いかけを交わしている間に、母親は椅子に深く凭れた。

「だってそうでしょう。あんたたち、作っても文句ばっかり言うじゃない。こっちだって作り甲斐がないじゃない」

「文句って、そんなこと言ってないじゃん」

「何、言ってるの。文句言ってるでしょ。恵那は脂っこいのが嫌だって言うし、貴樹は汁がこぼれるのが嫌だって。結構疲れるのよ、そういうのを考えて作るのも」

 またしても声を荒げる姉を遮るように、母親が訴える。最後には「そうでしょ?」と問いかけるように。

 顔は笑っていた。普段怒っているときは笑っていても、目尻が吊り上がっているが、今はそれがない。

 だからこそ、本心を読み取ることに混乱し、僕は下唇を噛み、唸ってしまう。

「ちょっと、お父さんからも何か言ってよ。冗談は止めてって」

 僕が感じていた不安を姉も抱いていたのか、テコでも動こうとしない母親に呆れ、父親に助けを求めた。

 これまで静かに酒を飲み、テレビを見て笑っていた父親が「ん?」と体をこちらに向けた。

 手にはコップ。目は虚ろ。ダメだ、完全にあれは酔っている……。

「だから~、お母さんに言ってよ、変なこと言わないでってっ」

 話が耳から抜けていきそうな様子に、僕は呆れてしまったが、姉は逃げずにテーブルを叩いて怒鳴った。

 まだ諦めていないようだ。

「う~ん。母さんがそう言うんだったら、それでいいんじゃないか?」

「ハァッ」

 ダメである。

 もうアルコールが父親を覆っているようで、話は入っていきそうにない。期待はできない。

「だったら、恵那が自分で作ればいいだけだろ?」

 それは一番触れられたくなかった部分、もっとも後ろめたい部分であるはず。

 弁当を作ってもらっている、と。

 それとも天下の宝刀とも呼ぶべきか、酔いの回っているはずの父親から放たれた。

 さすがの姉も下唇を噛んでしまう。

「そうじゃない。貴樹でもいいわよ。昔は料理するの好きだったでしょ」

 助けを求めたはずであったが、父親は逆に母親の肩を持ち、そこに母親も僕に標準を向け、鋭い矢を放ってきた。

 ……そりゃ、そうだけど、いつの話だよ。

 僕は反論できず、顔を伏せて唸ってしまう。

 嘘だろ?

 冗談だろ? 

 はぁ? いや、はぁっ? 

 あり得ないだろ、そんな拒否って。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ