三食目 ーー このまま慣れていくのか? ん? ーー (1)
いつの間にか慣れてしまっていた。
習慣とは怖いものだ。
三食目
1
僕が弁当、おにぎりを作るようになり、一週間がすぎようとしていた。
初めは朝早くに起きることも、何にするのか考えるのも苦痛でしかなかったのに、不思議と時間が流れることで慣れてきていた。
朝もスマホの目覚ましが鳴る前に目が覚めるようになっていた。これまでは制服に着替えて部屋を出てもまだ睡魔が背中にいたのに、今はキッチンに立てばスッキリとしていた。
しかも、中身の具も前日の就寝前には、「明日は何にするか」と考えてしまうほどになっていた。
まだ具材のバリエーションは少なく、梅や好物のツナマヨを多用して助けてもらっているのは否めないし、それを最近では残念がる自分がいることに不思議でもあった。
いつしか、僕は楽しんでいた。
だからこそ、今日もキッチンに立つと体は軽かった。
梅やツナマヨを多用するなかで、もう一つ多用するのが“卵”であった。
弁当におにぎりを詰め、物足りなく思うと、ゆで卵を作っていたりして、隙間を埋めていた。
今日は久しぶりに玉子焼きを作ろうとしていた。
卵をボールに割り入れると、奥から人が近づいて来るのが見えた。
「あ、おはよ」
「おぉ、本当に作っているんだな」
起きてきたのは父親だった。
僕がフライパンの熱を確認しつつあいさつをしていると、父親は物珍しそうに料理する姿を眺めている。
もうそうした反応は慣れていた。
よし、とフライパンに卵を流し入れる。
自慢ではないが、玉子焼きには自信があったので、手は滑るように動いていた。
「母さん、マジで弁当作ってくんないの?」
キッチン越しに腕を組んで作業を眺めている父親に投げかけた。すると、父親は苦笑する。
「まぁ、母さんも頑固だから、もう梃子でも動かないだろうなぁ」
「じゃぁ、なんで急にあんなこと言ったのさ? 面倒になったの?」
二回目の卵を流し込み、さらに続けた。
「あぁ、あれね。面倒ってことはないと思うぞ。母さん、料理好きだからな」
「ーーマジ?」
つい手が止まってしまう。
「あぁ、そうだぞ。母さんの料理、結構手が込んでいるだろ」
あぁ、まぁ、と頷きながら卵をひっくり返す。
「じゃぁ、なんで?」
素朴な疑問であり、最大の謎である。
「それは多分、恵那のためだろうな」
「ーー姉ちゃんの?」
意味がわからず眉をひそめると、父親は辺りをキョロキョロと見渡し、少し身をかがめた。
何か聞かれたくないのだろうか。
「ほら、あいつもいい年だろ。けどあいつ、料理をあまりしないだろう。それを母さんは心配しているんだよ。まちどたく料理できないのもあれだから、練習しておいて、損はないだろ」
「結婚したときのため?」
「いや、それは、その……」
父親は急に動揺し、あたふたと目線を泳がせてしまう。父親が姉を溺愛しているのは知っている。だからこそ、少しからかってやった。
「冗談だよ」
父親の反応に満足すると、大きく深呼吸をして気持ちを整えた。
このとき、ちょうど玉子焼きも完成した。焼き加減もちょうどで、いい黄金色になっている。
「でも、だったら母さんの企みは失敗だな。姉ちゃんが料理なんて壊滅的に無理だし」
姉が料理をしたところを一度も見たことがない。本人も「嫌だ」と言っていたことがある。
それは父親も承知しているので、「だよなぁ」と腕を組んで呆れていた。
「う~ん。お前の料理好きが少しでもあいつに移っていたらな」
本気で悩み込む父親に僕は嘲笑する。
「そらに僕は料理が好きってわけじゃないし」
「でも、今ちゃんと作ってるじゃないか」
「半分、仕方なくだよ」
そう、仕方なくだよ。
あとはおにぎりだけど、今日はちょっと楽である。ラップを取り、炊飯器を開けた。
炊飯器のなかには五目ご飯が入っている。
昨日の夜のことである。
晩ご飯を五目ご飯にする、と母親が言っていたので、少し多めに炊いておいて、と頼んでおいた。五目ならば具の心配はないと考えて。
しゃもじを持ち、ふと考えてしまう。五目ならばおにぎりにしなくても、弁当に詰めるだけでいいんじゃないか、と。
でもまぁ、おにぎりにするか。
「ここまでできるなら、おかずも全部作ればいいのに」
おにぎりを握るのを眺めながら、父親がこぼした。
「そこまでは無理だよ。今でも結構ギリギリなんだし」
「そうか? 毎日作るって言えば、材料費は出してくれると思うぞ。母さん」
マジか?
手が止まり、顔を上げてしまう。「本当に?」と目で訴えると、父親は短く頷いた。
母さんの企みは簡単に崩れるんだ。
その反動の被害を受ける身にもなってほしい。




