二食目 ーー 作る? 作るべきなのか? ーー (4)
もうどれだけ強く懇願しても、無駄であることはわかっている。
だから、期待はしていないさ。
4
毎日、大変なことをこれからしなければいけないのか。
昼休みでのやり取りが、頭のなかでずっと渦巻いていた。
「ねぇ、お願いってば」
風呂から上がり、濡れた髪をタオルで吹きながら階段を昇ろうとしていたときである。
姉の懇願する声がもれてきたのは。
そのまま無差をして部屋に戻ればいいものを、つい足が止まり、リビングへと進んでしまう。
リビングでは、姉と母親がテーブルに向かい合って座っていた。
「お母さん、明日からはお弁当作ってってば」
「だから、それはもうしないって言ったでしょ」
テーブルに身を乗り出し、声を荒げる姉に対して、母親は頬杖を突きながら、間違い探しの本に視線を落としている。
返事をする声もどこか気が抜けていた。
完全に姉は怒っているけど、母親はそれを受け流そうとしているのが見て取れる。
何か黒い靄が見えそうで、どこか気まずい。
関わるべきではなかった、と後悔してしまい、巻き込まれないようにと冷蔵庫の前に進んだ。
それでも話は気になる。
冷蔵庫からお茶を取り出した。話に割り込まずに静かに話を聞こう。
「じゃぁ、なんで作ってくれないの」
っと、それは僕も気になる。
つい手が止まって、反応を期待していると、母親は首を傾げるだけで顔を上げようとしない。
「ちょっと、お母さんっ」
業を煮やした姉が我慢できず、テーブルをドンッと叩いた。そこで母親は顔を上げて背を伸ばした。
釈然としない表情で姉を見据えた。怒鳴られるのかと、姉は肩を強張らせている。
ちらりと姉を見据えたあと、目を伏せて溜め息をこぼした。
「だったら、自分で作っていけばいいじゃない。貴樹なんか、今日自分で作ってたわよ。ね?」
「ーーなっ」
自分に向けられるとは思っておらず、面喰らって肩をビクッとさせた。
巻き込むな、と訴える前に笑みをぶつけられ、僕をげんなりとさせた。
しかも、瞬時に姉が振り向き、親の敵と言わんばかりに、般若みたいに険しい顔で睨んできた。
そのまま飛びかかられそうな剣幕に、萎縮して肩をすぼめていると、プイッと顔を背けた。
ったく。僕は別に悪いことなんてしていないぞ。
「それは貴樹が勝手に作ってただけでしょ。私にはそんな時間なんかないもん」
こちらが逆に文句を言ってやろうか、と喉の奥で罵声の言葉を組み上げていたが、無駄に宙に消えてしまった。
まぁ、逆ギレされなかっただけよかったが。
「だったら、朝もっと早くに起きてみたらいいじゃない」
「それこそ無理よ。私、朝は弱いんだから」
また二人のやり取りに戻りそうで安堵して、お茶を一口飲んだ。
「朝はしっかりと寝ていないと、仕事に集中できないの」
その身勝手な理由はなんだ……。
「だったら、晩御飯の残りとかを詰めたりしたらいいじゃない。それだったら、少し多めに作っておいてあげるから」
「嫌よ、そんなの」
「それなら、自分で作るなり、買うなりしたらいいじゃない」
「もぉ。だからなんで作ってくれないのさぁ……」
もう懇願するしか術はないのか、姉が弱々しくもらす。それでも母親は聞く耳を持ってはくれず、視線を落としたままだ。
このまま口論を聞いておきたい好奇心もあるのだが、二人の様子を眺めていると、心が折れそうになる。
諦めねば、と。
部屋に戻り、ふと今日のおにぎりのことを考えてみた。
ハッキリ言って、おにぎりには満足している。初めて作り、朝早くに起きての結果としては上々なんだと自負している。
それでも……。
どこか物足りなさがあることも否めない。
ベッドに横になり、天井をじっと眺めながら、その欠点とも言うべきものを探してしまう。
ふと目蓋を閉じた。
具は基本に忠実に梅とツナマヨ。ツナマヨは好みでマヨネーズを多めにしたし、梅もハチミツ漬けでご飯に合っていたので問題はないはず。
形も上手くいっていた。いびつながらも、三角形になっていたし、問題があるとすれば、具を入れすぎて、それを隠すのに焼き海苔を多く使ったことだろうか。
それでよりいびつに見えてしまったことが反省点と呼ぶべきか。
そして、一番引っかかってしまうのは、藤田の様子である。
藤田はおにぎりを見て、「寂しい」と言っていた。
それがどうしても納得がいかない。なんだろう、悔しいのだろうか……。
わかっている。気にすることはないことも。でも、見返してやりたいとも考えてしまっている。
あのおにぎりでは寂しいのか?
答えが見つからないまま、スマホに手が伸びた。
またレシピサイトを開いてしまう。
昨日もそうであったが、どうすればこんなおにぎりを作れるのだ、と聞いてみたくなる。
みな、すごく力を入れてある。
「……なるほどね。具はなかに入れるだけじゃなくて、表に見せることもありなのか」
長い独り言がこぼれてしまっていた。すべて言い終えたあとに、恥ずかしさにハッとして辺りをキョロキョロとしてしまう。
自分の部屋で誰も見ていないというのに。
一度、深呼吸をして落ち着かせ、瞬きをする。冷静に、冷静に、と。
寂しい……、か。
ふと自分が作ったおにぎりと比べてみた。
比べるたびに僕の顔が歪んでいく。
確かに比べるまでもない差があった。今日は白と黒のモノトーンでしかなく、原色が光るサイトのおにぎりほどの明るさがなかった。
なるほど。「寂しい」とは当を得ている。まさにそのとおりである。
もう少し、華やかに見えるよう、改善しないといけないようだ。
あれ? なんでこんなに真剣に考えているんだ?
何が問題なのか?
ついつい、反省ばかりが浮かんでしまうものだ。




