試合開始
ファニーナから試合の連絡が来た日の昼休み、俺とカミラ、ヴィクターは食堂でランチを食べていた。
イーレン魔術学校には食堂が3つ設置されているが、今いるのはその中で最も食事の値段が安い。周りにいるのもほとんど平民だ。
3人とも食べ終わって一息ついたころ、俺はこう切り出した。
「3日後に、ファニーナ・バーンズを試合をすることになったんだ」
そう告白すると、カミラはピクリと体を動かして反応したが、ヴィクターはあまり興味がなさそうだった。
「あ、あのファニーナ・バーンズ、ですか?」
「え、何? 有名人なの?」
ヴィクターは彼女が大英雄であることを知らないようだった。
そのことを話すと、彼は意味が分からないといった表情を浮かべ、
「は?」
そう一言だけ漏らした。
「え、なんでその年で大英雄になってるの? ていうかなんで大英雄なのにこの学校に通ってるの?」
ヴィクターの気持ちはわかる。俺もどのようにして彼女が大英雄となるに至ったのかはよくわかっていない。そのことも彼女に聞けばよかったかと後悔する。
「それは俺もよくわからないが、とにかく、ファニーナ・バーンズが大英雄であることは周知の事実だ。その彼女と試合をすることになった」
彼女と試合をすることになった経緯をカミラとヴィクターにかいつまんで話す。
「――とまあ、そういうわけで試合の約束をしてきた。カミラとヴィクターには試合のときに俺の介添人を頼みたい」
試合のルールが守られていることを確認するために、俺とファニーナ双方が介添人を選出する必要がある。
「それは別にいいけど、今さらっとすごいこと言ったよな。ディルグ固有の魔術があるなんて聞いてないぞ」
「私も聞いていませんでした」
いずれは隠せなくなるだろうし、ヴィクターとカミラなら言いふらしたりはしないだはずだ。彼ら彼女なら言っても問題ないだろう。
「それは……言う機会がなかったからな」
ヴィクターもカミラも、特に怒ったりはしていなかった。
「そうだね。僕もディルグと同じ立場だったら隠していたところだ。別に追及するつもりはないよ」
「あの……ディルグ。説明ではぼやかされていましたが、結局その魔術はどのようなものなのですか?」
「ああ、それは……カミラ、掌を出してくれ」
「?」
空のコップをとり、差し出された掌の上に置く。俺がコップを軽く持ったまま、コップに対して魔術を発動させる。
「ッッ!!??」
コップの質量が急激に増大し、カミラの腕がガクンと下がる。
手を離すと魔術は解け、コップの重さは元に戻った。
「これは……もしかして、物体の重さを増やす魔術ですか?」
「そうだ、逆に減らすこともできる」
再びコップに手を付け、魔術を発動させる。
「! 軽くなりました」
「こういう風に物体の重さを変える、正確に言うと質量を変えるのが俺の固有魔術だ」
「どういうものかは分かったけど、使い方がよくわからないな。物体に重力と逆向きや同じ向きの力を働かせるのと何が違うんだ?」
確かに、今実演してみせたようなことはこの魔術でなくとも実現可能だ。コップに対して力を働かせればいいだけなのだから。
「それは、秘密だな」
ヴィクターは釈然としないながらもうなずいた。カミラは腕を組んでじっと考え込んでいる。
「で、ファニーナ・バーンズに勝つ見込みはあるのかい? 勝算もなしに挑むわけじゃないんだろう?」
「もちろん、と言いたいが正直わからない。相手の実力がわからないからな。普通に考えれば、大英雄であるファニーナにただの学生である俺が勝てる道理はないだろう。だが、相手も全力は出せない。そこを付ければあるいは、といったところか」
「帝国の試合に関する諸規則」はたとえ上級魔術師用のルールであっても、彼女には足かせとなる。
「まあ、負けても特に失うものはないからな。大けがだけはしないようにするよ」
口ではそういうが、本心では負けるつもりはさらさらなかった。彼女が大英雄であるが、同い年なのだ。
今の実力では大英雄に届いていないかもしれないし、今はそれでもいいと思っている。焦っても仕方ないとそう言い聞かせている。
その理屈があっても、同い年であるファニーナには負けたくないというのが本心だ。全力で、勝つ気で、試合をする。
下を向いて考え込んでいた彼女が顔を上げて俺を見据える。その表情は剣術の授業で試合をした時以上に真剣だった。
「ディルグ。気を付けてくださいね……」
「? ああ」
カミラの態度には引っかかるものがあったが、俺のことを心配してくれていることに変わりはないだろう。
「やるからには勝ってくれよ」
ヴィクターも応援してくれている。
この勝負、負けるわけにはいかない。
「勝てるよう……頑張ってみるよ」
◇
ついに、ファニーナとの試合の時が来た。
訓練場には、俺と介添人のカミラとヴィクター、ファニーナと彼女の介添人の学生がいる。
介添人たちは観客席にいる。ファニーナの介添人は、バーンズ公爵家の関係者らしい。この試合のことを口外したりはしないとのことだ。
ファニーナと俺が対峙する。
「ルールは上級魔術師用の『帝国の試合に関する諸規則』に則って。勝利条件は先に相手に有効打を一撃入れることでいいな?」
試合前の最後の確認をする。
「そうね、異論はないわ。……そういえば、ルールには記載されてないけど、あの魔術はいくら使ってもいいわよ?」
ファニーナは挑発するように、そう語りかけた。
「なぜだ? お前にメリットがないじゃないか。もしかしてハンデのつもりか?」
「別にそんなつもりはないけど。あとであなたに言い訳されても困るからね」
「……舐めてると痛い目を見るぞ」
「舐めてないわよ。……遺恨が残らないようにしたいだけ」
ふてくされたようにそう言う彼女の言葉は、嘘だと思えなかった。俺を侮っているのではなく、本当に公平な勝負をしたいだけなのかもしれない。
まあ、そこまで言うなら存分に使わせてもらおう。正直に言うと、<質量操作>なしではだいぶ厳しいだろうと思っていた。
ファニーナと俺が距離をとって、20メートルほど離れたところでお互いに両手持ちの長剣を構える。お互いの剣は刃引きがされている。
ファニーナの雰囲気が変わる。殺気は出ていないが、こちらを見る目は本気だ。手加減をする気はないようだ。やはり、こちらを舐めてはいない。
「それでは、はじめ!」
あらかじめ決まっていた、ヴィクターの掛け声で試合が始まる。と、同時にファニーナが<投槍>の魔術を発動させる。
数十本の金属の槍がこちらに向かってくる。あまりの密度に、回避は不可能だと悟る。
<鉄壁>を発動する。
地面から鉄の壁が生成され、槍を受け止める。
数もさることながら、金属の槍は個々の威力も高かった。盾はだいぶ厚めに作ったが、危うく貫通するところだった。
敵を攻撃から身を守るために作った壁のせいで、相手が見えづらい。
彼女は、いつの間にかすぐそばまで近づいていた。
壁から離れ、彼女の剣戟を受け止める。重い。
何とか彼女の剣を弾き、<爆裂>を発動させる。指向性を持たせた爆風を受けて、鉄片が彼女に突き刺さ……らない。
彼女はすでに俺の横に回っていた。
中段からの横なぎ。一歩引いて躱すが、そのまま攻め立ててくる。
魔術を発動する隙もないほどの苛烈な攻めを直感でさばいていく。彼女はこのまま押し切るつもりだ。俺は防御で手いっぱいだった。
彼女は接近戦でけりを付けたいようだ。遠距離だと魔術の威力が制限されるからだろう。
しかし、近距離ならば<質量操作>の魔術が使える。<質量操作>だけは、今の状況でも使うことができる!
剣の振りに魔術を載せる。
通常より数段速い剣筋が彼女の剣を捉える。彼女はこの魔術を見たことがあるが、速すぎて反応できていない。接触の瞬間、質量が数百倍に増大する。
彼女の剣はあっけなく宙を舞った。