試合の約束
「ちょっといいかしら」
ファニーナから声をかけられた。十中八九あの魔術についての話だろう。いきなり聞きに来るとは思っていなかった。
「なんだ?」
動揺で声が少し上ずる。
「私はファニーナ・バーンズ。あなたの名前は?」
「ディルグだが……」
「そう。ディルグね。剣術訓練で使った魔術、あれは何? あんな魔術私は見たことも聞いたこともないわ」
「何の話だ? 特に変わった魔術は使ってないんだが」
「誤魔化しても無駄よ。あなたが剣を振って相手を吹き飛ばしたときに使った魔術。起こった事象だけ見れば身体強化に見えるけど……あなたは自分の体ではなく剣に対して魔術を使用していた。それに、魔素の働き方は既存の基礎魔術のどれとも違っていたわ。これでもまだ言い逃れできる?」
ファニーナが目を細める。
「いや、だっておかしいだろ。ただの学生が教科書に載ってないような魔術なんて使えるわけないじゃないか」
一般論であり、実際に見たという人を納得させられる言葉ではない。苦しい言い訳だ。
「それは私も気になるけど、聞いたことがあるわ。ごくまれに生まれつき固有の魔術を使える人がいるって。実際に会ったことはないし、噂を聞いたこともないけど、あなたがそうなんじゃない?」
図星だ。彼女の言っていることは、当たっている。
これだけ言われれば、反論できない。彼女には有無を言わさない圧力がある。
「だったら、何だよ? お前には関係ないだろ」
「確かに私には関係がない。でも、教えてほしいの。あなたのその魔術を。もちろんただでとは言わないわ。金でもなんでも、可能な限りあなたの望むものをあげる」
ファニーナの表情はいたく真剣だ。なぜそんなに未知の魔術を求めるのかは知らないが、これは、チャンスかもしれない。
「それなら、俺と試合をしてくれ。俺が勝ったら、その事実をもって俺のことを大英雄筆頭のアレクシア・ウェストウィックに話してくれ」
誰が大英雄になるかの決定権は皇帝にあるが、実質的にはアレクシアが決めていると師匠は言っていた。また大英雄達を取りまとめるのも彼女であり、ファニーナが接触する機会は必ずあるはずだ。
俺の話を聞いた直後、ファニーナはきょとんとした顔をしていた。
「それ、私が誰かわかって言ってるの?」
「ああ。大英雄のファニーナだからこそ頼んでいる」
大英雄のファニーナに勝ち、それをアレクシアが耳にすれば大英雄の座へ大きく近づく。
ファニーナの表情が元の厳しい顔つきに戻る。
「ふーん。ま、いいわ。試合しましょう。総合試合で、ルールは『帝国の試合に関する諸規則』を参照する。上級魔術師用のルールでいいでしょう?」
魔術師には上級、中級、下級の3段階の位階がある。 「帝国の試合に関する諸規則」では各位階ごとに制限される魔術の種類や威力が変えることで、より実践に近くて安全な試合ができるようにしている。
1年生はほとんどが下級魔術師のため、剣術の授業では下級魔術師用のルールが適用されていた。下級用に比べて、上級用のルールは魔術の制限がはるかに緩い。
「当然だ」
即答する。
相手は、上級魔術師の中でもトップの大英雄なのだから。
「それじゃあ、私が訓練場の使用申請をしておくわね。詳細は追って連絡するわ。何かほかにはある?」
「介添人はつけるが、観客は入れないようにしてくれ。魔術を見られたくない」
「わかったわ。そうしておきましょう。私が勝ったら、あなたの魔術を教えてもらうわよ」
ファニーナが歩き出し、すれ違いざまにそうつぶやく。
別に俺が勝っても教えるつもりだったんだが、まあいいか。どうせ使えないだろう。
しかし、ファニーナの提案は少々強引だった。もともとそういう性格なのかもしれないが、彼女はどことなく焦っているように感じた。
何が彼女にそこまでさせるのかはわからないが、俺も彼女のことを利用させてもらおう。
◇
翌日の朝。ファニーナから試合の連絡が来た。
試合は3日後。放課後の午後5時からだ。